放射性PM2.5としての原発フォールアウト(セシウムボール)を考える

さて原発事故後の鼻血現象に関して、フォールアウトの影響を考える際、私は以前より鼻粘膜の炎症の可能性を指摘してきましたが、
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20110906/p1
その後フォールアウト内容物にサイズ的にPM10~PM2.5(particulate matter, 粒径10μm以下〜2.5μm以下の微粒子)に相当する不溶性・放射性のセシウム(等)粒子が含まれていることが明らかになり、粘膜における動態をより詳しく考えることができるようになりました。現在セシウムボールと呼ばれているようです。
Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident(http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html)
東電原発事故によって放出されたセシウムホットパーティクル(http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/40880543.html)
先日も小線源放射線治療の専門家である西尾正道医師らがその重要性を指摘していたようですが、これによって原発フォールアウトは放射性PM2.5と捉えることができ、生物学的な影響を考える際には、γ線や水溶性線源とは異なるその動態を考慮することが必要不可欠になります。
今回は放射性PMであるフォールアウト粒子の生物学的な動態を、類似のケースをもとに考えてみます。
が、まずその前に、なぜ放射性物質の生物学的な動態がそれほど重要なのか、について簡単に説明してみましょう。
皆さんは、放射線放射性物質の被曝による炎症で組織がダメージを受ける場合、そのダメージは放射線のエネルギー(あるいはそれ由来の活性酸素)による組織破壊だと思っていませんか?
これはごく部分的にはいえるものの、被曝による炎症という現象全体を正しくとらえているとは到底言えない理解なのです。

被曝と生物学的影響の関係

では実際にはなにが起こっているのか。
http://finance.yahoo.com/news/sngx-soligenix-sgx942-good-candidate-160000772.html
より図を引用します。

これは放射線治療または化学療法の際に副作用として粘膜炎が起きる仕組みをあらわしたものです。
上の部分に、左端のノーマルな状態から、被曝を受けて変化していく様子が右向きに描かれています。見て分かるように、左から二番目、つまりRadiationを受けた時点では、組織の損傷はほとんどありません。この段階はInitiation、つまり炎症のトリガー部分にすぎないわけです。もちろんdamageはありますが、それは組織損傷の「本番」ではないのです。
しかし、これによってInnate responseつまり自然免疫系にシグナルが入ります。自然免疫系とは、いわゆる獲得免疫の前に働くもっとも基本的な免疫システムで、マクロファージや好中球といった免疫細胞が主役を担います。これらは特異的抗体を出すわけではなく、異物の侵入を示すようなシグナルを受け取ればそこに集合し、自分の組織ごと攻撃するのです。
これがAmplification「増幅」です。これによって集合した好中球やマクロファージが組織ごと攻撃を開始し、「粘膜炎」「潰瘍」といった炎症による明らかな損傷が生じるわけです。これによってバリアが破壊され、外部の雑菌等が侵入することでさらに炎症が悪化することもあります。これらのプロセスで異物や死細胞を除去できれば、炎症はやがて沈静化、組織再生に向かいます。
このように、被曝による炎症において、その損傷の大部分は自然免疫系の攻撃によるものなのです。
すなわち、生物学的な動態や条件が異なれば、被曝による影響も当然異なってくるわけですね。生物学的影響を考えるには生物学的動態の反映が不可欠なのは、このためです。*1

粘膜上の不溶性微粒子の動態

では、フォールアウトが不溶性の粒子であることは、γ線被曝や水溶性線源と比較して、生物学的にどのように異なるのでしょうか。放射性ではないものの、PM10やPM2.5の成分のひとつでもあり、フォールアウトの成分にも含まれるシリコン(ケイ素, Si)の微粒子についてみてみましょう。
シリコンはシリカ(二酸化ケイ素)の形で、日常的にもたくさんの製品に使用されており、化学的にも安定、そもそも人体にもある程度含まれている成分で、毒性はほとんどないと考えられてきました。
しかし、これがPM10~PM2.5といった不溶性の微粒子になった場合、吸引すると肺に慢性、場合によっては急性の炎症を生じ、典型的には珪肺と呼ばれる症状をきたすことがわかっています。
なぜ不溶性微粒子になると生物学的動態や影響が変わるのか?それは以下のように考えられています。
Reactive oxygen species (ROS) and reactive nitrogen species (RNS) generation by silica in inflammation and fibrosis
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0891584903001497
より図を引用します。

不溶性の微粒子が粘膜に付着すると、粘膜上のマクロファージ(肺粘膜にも、鼻粘膜にもマクロファージはいます。その他にも好中球、樹状細胞らが粘膜上の自然免疫を担っています)がこれを貪食し、異物として分解しようとします。この際、マクロファージは細胞内で粒子を分解しようとすると同時に、周囲に炎症性のサイトカインや、他の免疫細胞を誘引するケモカイン、蛋白質を分解するプロテアーゼや活性酸素などを放出し、炎症反応を拡大していきます。
しかし、こういった不溶性の粒子は分解できません。この場合、炎症反応は止めることができずに継続し、たとえ貪食したマクロファージが死んだとしても、誘引した別の細胞が貪食して炎症反応は続いていきます。この反応が大きければ組織の損傷は大きく危険な急性の症状になりますが、比較的弱い炎症も継続することで肺の組織を徐々に破壊して「線維化」し、本来の機能を失わせていきます。

また、シリカ自体の影響も複数の可能性があるようですが、一つのメカニズムとして、2価鉄をトラップすることでヒドロキシラジカルを生じ、マクロファージの炎症反応を促進していると考えられています。
さらに、吸引した肺粘膜の不溶性粒子は、貪食細胞によってリンパ組織にも移動することがわかっています。リンパ管はやがて静脈に合流しますので、結局は全身に移動可能ということになるわけです。
Histopathological Changes in Enlarged Thoracic Lymph Nodes during the Development of Silicosis in Rats(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9717672
また詳細な機序は不明ですが、シリカ微粒子によって活性化したマクロファージによって自己免疫が引き起こされる可能性も示唆されています。
Occupational exposures and autoimmune diseases. (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11811933

放射性PMとしての原発フォールアウトも、不溶性微粒子として、基本的な動態はこれと同様なものが想定されます。放射性であることで活性酸素の生成を通じて、さらに強い炎症促進能を持つ可能性が高いでしょう。
これらの機序と合わせて、環境中PMの増加が鼻血の頻度を増加させること自体はすでに報告があるため、双葉町の疫学的な結果と合わせても、フォールアウトによる鼻血増加の可能性を否定するのは無理筋というものです。
Airborne environmental pollutant concentration and hospital epistaxis presentation (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15533154
いわゆる「美味しんぼ問題」の基礎資料となるべき疫学調査の存在について(http://bylines.news.yahoo.co.jp/kawasakikenichiro/20140520-00035486/)
ただ、以前も述べたように、鼻粘膜の炎症による鼻血そのものは、命に関わるような深刻なものとは考えにくいといえます。鼻血とともに粒子が出てしまうなら、なおさらです。
しかし問題は、そういった放射性PMにさらされているということにあるのです。

放射性PMの与えうる健康影響

先に述べたように、被曝の生物学的影響において、被曝に対する生物側の反応はもっとも主要な要素です。ところが、ICRPに代表される被曝影響のモデルは、不溶性粒子やマクロファージに関するこのような知見に追いついておらず、その動態を反映できていません。不溶性粒子は吸収されないか、いずれ排出されるので問題なし、としているわけです。「想定外」というやつですね。
当たり前ですが、生物学的な動態を反映していないモデルでは、その動態に関する生物学的影響を考えることはできません。
したがって、放射性PMによる生物学的影響については、PMに関する環境医学の知見を参考にしながら、実際の健康影響をつぶさに見て対処することが必要になります。
従来のモデルでは説明できない、関係ないと思われているような症状も、こういった動態を考慮すれば生じうるかもしれないのです。
たとえばウクライナでは、「低線量」であっても、セシウム137汚染の度合いに応じて子どもの肺気量の減少や気道閉塞が報告されています。
137Cesium Exposure and Spirometry Measures in Ukrainian Children Affected by the Chernobyl Nuclear Incident (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2866691/
こういった影響は特に放射性PMの関与が疑われるものでしょう。
その他にも低線量域での白血球の減少*2や、ウクライナ政府の報告書にあるような種々の症状は従来のモデルでは「考えにくい」のでしょうが、モデルの不十分さを逆手にとって「ありえない」かのような姿勢をとるのは医学としても科学としても本末転倒といえるでしょう。

Exposure from the Chernobyl accident had adverse effects on erythrocytes, leukocytes, and, platelets in children in the Narodichesky region, Ukraine: A 6-year follow-up study (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2459146/
ウクライナ政府報告書(第3章、第4章)の日本語訳(http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2013/04/34-1.html)

国連人権理事会がすでに勧告しているように、基本的な血液検査は当然として、このような想定しうるあらゆる健康影響に関して、低線量地域であっても希望すれば十分な健診を受けることができる体制を整えるべきであり、またフォールアウトや土壌汚染レベルとの関連も精査されるべきだといえるでしょう。
鼻血問題は、放射性PMという原発フォールアウトの性質と、従来の被曝モデルの限界、そして健康影響の精査の必要性をあぶり出してくれたといえます。


参考:
その後「NHKサイエンスゼロ シリーズ 原発事故(13)謎の放射性粒子を追え!」で取り上げられ、「セシウムボール」という呼称になったようです。上記のような生物学的動態についてもきちんと考えていくことが必要ですね。
http://togetter.com/li/760376
PMの動態に関する現在の知見はこちらにある程度まとまっています。
微小粒子状物質健康影響評価検討会報告書
http://www.env.go.jp/council/former2013/07air/y070-24/mat01.pdf

7.1.3.2. 体内動態
呼吸器系に一旦、沈着した粒子は呼吸器系がもつ種々の機構により移行、除去される。鼻汁、粘液線毛輸送、咳、くしゃみ、肺胞マクロファージ等による貪食と貪食後の移動、嚥下、痰、上皮細胞による飲作用、間質への浸透、血流中への移行、リンパ系への移行等の機構がある。また、粒子の物理・化学的性状(溶解性、形状、粒径等)や生物学的特性(タンパク等との結合、細胞内での動態等)も動態には影響を与える。

セシウム・パーティクルに関するその後の情報
福島第一のセシウム、コンクリと反応か
http://megalodon.jp/2016-0627-1120-20/www.asahi.com/articles/ASJ6V35H4J6VULBJ001.html
セシウム89%はガラス粒子 原発事故で東京への降下物分析
http://megalodon.jp/2016-0628-0043-56/www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016062701001576.html
Radioactive cesium fallout on Tokyo from Fukushima concentrated in glass microparticles
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2016-06/gc-rcf062316.php

*1:こちらのような評価http://preudhomme.blog108.fc2.com/blog-entry-249.htmlが生物学的に無意味なのもこれでわかりますね。

*2:好中球の減少は造血系の障害だけが原因ではなく、自己免疫によって生じることもある