子どもの甲状腺がんについての総説和訳(抜粋)
まず、311東日本大震災および原発事故関連の被害によって命を落とされた方々に追悼の意を表します。
津波被害に対する補償も十分進まない中、原発事故に関しては事故そのものが収束せず、現在進行中の公害問題であると考えられます。
特に大きな注目を集めたのは被曝による甲状腺がんの発生ですが、現時点で結論を出すことは難しいとはいえ、少なくとも疫学的に見て高い数字であるという意見が津田敏秀氏より出されています。発症率、有病率に関する議論もありますのでぜひご一読を。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2821.html
ただ、子どもの甲状腺がんに関しては、ネット上にも情報があまりにも少ない。
ツイッターなどで断片的な議論はありますが、まとまった日本語の情報がないため、非常に散漫な印象を受けます。
*1
そこで、2011年に公開された子どもの甲状腺がんに関する英文総説を、特に重要と思われる部分を抜粋して和訳いたしました。
総説の原文はこちら。
Thyroid Carcinoma in Children and Adolescents―Systematic Review of the Literature
無料で読めますので、関心のある方はぜひ原文をどうぞ。
和訳したのは、2. Epidemiology of the Disease 3. Risk Factors 4. Presentation in Childhood 6. Prognosisの各項目です。
*2
小児および青年期における甲状腺がん
疾患の疫学
児童における触知可能な甲状腺結節の頻度は、おそらく1〜1.5%程度と見積もられる*3。しかし、10代以上においては、有病率が13%にも達する場合もある。成人と比べた場合、甲状腺結節と診断された場合のがんリスクは児童では4倍大きい。米国では、毎年20歳以下ではおよそ350人前後が甲状腺がんと診断されている。National Cancer Instituteによると、ブラジルでは、その発症率は小児がんの2%におよぶといわれている。まれな病気であり、分化型甲状腺がんは小児がん全体の0.5〜3%にあたるとされている。
さらに、甲状腺は他の新生物の治療のために頸部に外部放射線治療を受けた子供において、もっともよく二次発がんの起こる箇所の一つである。小児期における甲状腺ガンの発症はきわめてまれである。ただ文献によれば、1歳未満の小児で分化型甲状腺がんが見つかった例もあるという。
また、甲状腺がんの発症率は年齢にしたがって上昇する。Maria Sklodowska記念がんセンターでの235人の小児および少年の甲状腺がん患者のうち、5%は6歳以下で、10%は7-9歳で発見されており、10代以降に大きく増加している。男子と女子の差も13-14歳以降により顕著になってくる。
近年の米国SEER (Surveillance, Epidemiology and End Results)コホート研究における20歳未満の甲状腺がん患者1753名のデータによれば、女子では10万人当たり0.89人、男子では10万人当たり0.2人の発症率とされる。
リスク要因
過去60年で、児童の甲状腺がん発生率には明瞭な二つのピークがある。
最初のピークは1950年代、頭部白癬、ニキビ、扁桃炎、胸腺過形成など、子どもの様々な治療に放射線を使った時期だ。この時は、被曝後平均10〜20年後に甲状腺ガンが見いだされ、40年間はリスクが続いた。頸部被曝と甲状腺ガンの因果関係が確立され、このような方法が破棄された後、発生率は低下していった。これらのデータにより、放射線が甲状腺がんのリスク要因であると認められるようになった。同様に、他の小児がんに対する外部放射線治療も甲状腺がんの発生率を増加させると考えられる。
次のピークは、1990年代中ごろより、西ヨーロッパ地域にて、1986年のチェルノブイリ原発事故以降に起こった。最初の症例は事故後4-5年後に診断され、特に被曝時に5歳以下だった児童に見いだされた。これらの症例のおよそ75%は出生から14歳までに、25%は14歳から17歳までに、原発事故のフォールアウトによって被曝した。チェルノブイリ事故によって、小児期には成人と比べ、高い放射線感受性があることが明らかとなった。
甲状腺に対する放射線の影響は、科学界の高い関心を集めている。イギリスの小児ガン調査BCCSSは、17980名の小児がん患者に対する、17.4年にわたるコホート研究で、特に二次発がんに注目している。この研究では、甲状腺がんの88%は、頸部に放射線治療を受けた患者に見つかっている。甲状腺がんのリスクはホジキン病および、非ホジキンリンパ腫の治療を受けた患者で高かった。
児童における臨床像
臨床像においては、いくつかの点において小児における病態は成人のものと大きく異なっている。
第一に、20歳以下においては、20〜50歳の患者よりも発見される腫瘍の体積が大きい傾向がある。Zimmermanらは1988年にに、新たに見つかる甲状腺がんは4cm以上が児童では36%に対して成人では15%、1cm未満が児童では9%に対して成人では22%と報告した。乳頭がんの患者のみを考慮すると、診断上は1.5-3%しか1cm未満が見つかっていない。さらに、おそらく児童では甲状腺の体積が小さいためだろうが、カプセル状の被膜や周辺組織の発生が早い。
このように、成人で使われているような微小がん(1cm未満を含む)の分類は、児童においては除外されるべきである。つまり、1cmのがんをこの年齢においては見つけるのはきわめて重要なことだといえる*4。
第二に、児童では多中心性のがんが、特に乳頭がんにおいて多い。これらの多くはポリクローナルながんの発生であると考えられる。このことは、甲状腺ガンの外科的治療における全摘出処置を議論する際に特に重要であろう*5。
第三に、児童の甲状腺がん患者では遠隔転移と同様に、頸部リンパ節への転移の割合が高い。Mayo Clinicにおける1039例の甲状腺乳頭がんにおいては、成人では頸部リンパ節への転移が35%、遠隔転移が2%に対して、児童では頸部リンパ節への転移が90%、遠隔転移が7%であった。われわれが65人の青少年に関して行った調査では、リンパ節への転移は61.5%、局所浸潤は39.5%、遠隔転移(肺転移)は29.2%であった。
診断技術の向上にしたがって、児童における分化型甲状腺ガンの臨床像は変化してきた。ミシガン大学の1970-1990年における診断を、同1936-1970年の診断と比較すると、この何十年かの早期発見技術の進歩を反映し、最近のものの方がリンパ節転移の診断は低く(63%から36%)、局所浸潤も少なく(31%から6%)、肺転移も少ない(19%から6%)。また10年後の予後も改善している。
児童の甲状腺がんの遠隔転移においてもっとも多いのは肺転移であるが、骨転移や中枢神経への転移も少数報告されている。サブタイプの分類は、成人のものと類似している。乳頭がんが90-95%、5%が濾胞がんである。未分化がんはきわめてまれである。
予後
児童の甲状腺がんの予後は非常に興味深いテーマである。成人に比べて高い再発率であるにも関わらず、生存率は成人よりよいようだ*6。MazzaferriとKloosは16.6年の追跡調査により、20歳以上の患者は再発率20%程度であるが、20歳未満の患者の再発率はおよそ40%であることを見いだした。
一方、生存率は成人より高い。ミンスクでの741名のコホート研究によれば、児童の甲状腺がん患者の5年生存率は99.3%、10年生存率は98.5%とされている。
年齢も、甲状腺がんの予後に関してきわめて重要な因子である。小児と青年は通常、ともに比較的よい予後を持ち、45歳以下として分類される。しかし、Lazarらは、10歳未満の、おもに思春期前期の児童は、それ以降の青年期の場合よりも予後が悪いと報告している。
参考:
小児甲状腺がん関連の情報まとめはこちら。
http://matome.naver.jp/odai/2136618062294909201
病理と臨床13年1月号 甲状腺腫瘍の最近のトピックスより
小児甲状腺がんを成人の甲状腺がんの延長で同様に考えることが適切でないことがよくわかります。
http://www.bunkodo.co.jp/byori_52/magazine_detail_4.html
病理解剖データにおける甲状腺がん発見率
病理解剖なので、「病気で亡くなった患者さん(がん含む)」というバイアスがありますが、14歳以下では発見率ゼロです。
http://twitpic.com/c4vcz7
Lancet2003年の甲状腺がんに関する総説の和訳がありました。
http://megalodon.jp/2013-0312-1837-02/www.j-tajiri.or.jp/source/treatise/062/index.html
小児甲状腺がんについては以下。
小児の分化型甲状腺癌
小児の分化型甲状腺癌は稀であり、この疾患に対する適切な治療法についての報告は数少ない。ある研究では*7、小児期に分化型甲状腺癌と診断された患者の25%は再発し、6%は甲状腺癌のために死亡する。頸部放射線外照射の後遺症として、数十年後に気管壊死や頸部肉腫が発生し、3%はそのために死亡する。小児の分化型甲状腺癌は甲状腺内に多発性に癌ができやすいこと、リンパ節転移しやすいこと、遠隔転移を起こしやすいという特徴のために、甲状腺全摘術、頸部リンパ節郭清、術後の放射性ヨード治療を行うことが勧められている。大人になって再発したり、病気が悪化する危険性が高いので、一生涯にわたる経過観察が正当化される。
原文はこちら。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12583960
福島の甲状腺がん関連:
福島の甲状腺検査で過剰診断論が退けられた理由
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20150522/p1
長瀧氏やWelchといった過剰診断論者はどこがおかしいのか〜世界や韓国の甲状腺がんの増加に関して〜
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20150708/p1
*1:これも含め、小甲状腺がん関連の情報を簡単に以下にまとめました。http://matome.naver.jp/odai/2136618062294909201
*2:なお、被曝による甲状腺がんの臨床像は異なるという意見もありますので、次回は武市宣雄医師による、被曝後に多発した甲状腺がんに関する知見をごく簡単ながらまとめてみようと思います。
*3:無料で読める甲状腺結節に関する総説はこちら。Management of a Solitary Thyroid Nodule http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM199302253280807
*4:訳者注:小児甲状腺がんでは見出されるもののほとんどはすでに大きく成長したものであるため、1cm程度のものはその急激な成長途中と考えられ、重要である。
*5:訳者注:多中心性がんは複数のがん細胞が起源となって(ポリクローナル)成長しているがんで、再発率が高い
*6:訳者注:治療後の生存率です。