セシウム137内部被曝のラットモデルによる研究論文紹介
内部被曝に関するもっとも重要な論点のひとつに、化学毒性を生じない、また急性被曝にもいたらないような摂取量(低線量)において、確率的影響以外の生体影響を生じるかどうか、というものがあります。
ここに示した論文はラットを使った、期間も数か月以内の実験ですが、セシウム137を低線量領域において経口投与し、内部被曝させた場合の生理的または分子的影響を調べたものです。
心筋障害マーカーや炎症性サイトカイン、ストレスホルモンの上昇、また、血中ビタミンDや性ホルモンの低下、睡眠覚醒リズムの異常などが認められており、少なくとも、セシウム137低線量内部被曝において、いわゆる化学毒性や確率的影響以外の生体影響が存在することを示しています。これらは、ICRPやUNSCEARにあるような従来のモデルではまったく考慮されていません。
これらの影響が即、病的な状態であるとは限りません。とはいえ、ラットの実験は遺伝的に均質で、健康状態のよい個体を用いて行なっています。
ヒトの場合は遺伝的に多様で、体質や健康状態もそれぞれ異なります。子どもや妊婦も含まれますし、基礎疾患のある場合もあります。また実際の事故被曝では核種もセシウムだけではありません。そのような状況で、内部被曝がどのように健康に影響してくるのか、血液検査等の診断も含め慎重に考える必要があるでしょう。
一番下に、ラット成獣にセシウムを摂取させた場合の各臓器への蓄積を示したグラフをおいておきます。蓄積量から症状を予想するのが難しいことがよくわかります。
たとえば心臓や海馬への蓄積は、臓器の中では特に多いというわけではありませんが、影響が観察されています。臓器や細胞によって機能や応答性が異なるのですから、当たり前といえば当たり前ではありますが。もちろん、これが影響のある最小値かどうかもわかりませんし、他の臓器に影響がないともいえません。
また気になるのは、セシウムが一か月目に甲状腺へ大きく蓄積し、その後は減少に転じている点。従来のモデルでは予想できない動きです。
蓄積メカニズムも、作用メカニズムも、まだまだ謎だらけということでしょう。
Chronic contamination of rats with 137 cesium radionuclide: impact on the cardiovascular system.(ラット慢性内部被曝モデルにおけるセシウム137の心血管系への影響)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18327657
ラットに1日150Bq相当のセシウム137を3か月間投与。血中CK(クレアチンキナーゼ)およびCK-MB(心筋型クレアチンキナーゼ:心筋障害マーカー)が有意に増加。心臓の ACE(アンギオテンシン変換酵素)遺伝子およびBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)遺伝子の発現が有意に増加。心電図ではSTおよびRT部が有意に短縮。血圧が有意に減少、またその日内変動が消失。3か月の内部被曝で心臓の形態に変化はみられなかったが、これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝は、より感受性の高い個体や、より長期の被曝においては、心臓の機能不全につながる可能性が考えられる。
この実験では血中CK-MBが上昇していますが、以下にあるようにこれは代表的な心筋障害マーカーとして知られています。
http://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0008/G0000020/0006
ちなみに、セシウム内部被曝の心臓への影響に関してはバンダジェフスキー論文がよく知られていますが、これとの関連を論じているところがありましたので参考までに。
Bandazhevskyの心電図データと動物実験との整合性
http://blogs.yahoo.co.jp/geruman_bingo/8557692.html
Chronic contamination with 137Cesium affects Vitamin D3 metabolism in rats.(セシウム137の慢性内部被曝はラットのビタミンD代謝に影響を与える)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16806633
ラットに1日150Bq相当のセシウム137を3か月間投与。肝においてビタミンD代謝に関わるcyp2r1の発現が有意に増加していたが、逆に血中のビタミンD濃度は有意に減少していた。脳ではcyp2r1の発現は減少し、別のビタミンD代謝酵素cyp27b1が増加していた。これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝はビタミンDの代謝系を肝や脳で変化させ、血中のビタミンDを減少させている可能性が示唆される。
ビタミンD欠乏症
日照不足、日光浴不足、過度な紫外線対策、ビタミンD吸収障害、肝障害や腎障害による活性型ビタミンDへの変換が行なわれない場合などに、ビタミンD3が欠乏し、カルシウム、リンの吸収が進まないことによる骨のカルシウム沈着障害が発生し、くる病、骨軟化症、骨粗鬆症が引き起こされることがある。
ビタミンDの不足は、高血圧、結核、癌、歯周病、多発性硬化症、冬季うつ病、末梢動脈疾患、1型糖尿病を含む自己免疫疾患などの疾病への罹患率上昇と関連している可能性が指摘されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3D#.E6.AC.A0.E4.B9.8F.E7.97.87
In vivo effects of chronic contamination with 137 cesium on testicular and adrenal steroidogenesis.(ラット慢性内部被曝モデルにおけるセシウム137の精巣および副腎のステロイド産生への影響)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18046538
ラットに1日150Bq相当のCs137を9か月間投与。血中の17β-estradiol(エストラジオール:性ホルモン)が有意に減少し、corticosterone(ストレスホルモン)が増加していた。精巣では、コレステロール合成に関わるLXRα(肝臓X受容体α)およびLXRβ(肝臓X受容体β)の発現が増加し、FXR(farnesoid X receptor)の発現が減少していた。また副腎では、ホルモン合成に関わるcyp11a1 の発現が減少していた。これらの結果から、Cs137の低線量内部被曝は、性ホルモンやストレスホルモンの分泌や合成に影響を与えることが示唆された。
エストラジオール(エストロゲンの一種)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB
http://www.news-medical.net/health/What-does-Estradiol-do-%28Japanese%29.aspx
corticosterone(ストレスホルモンの一種)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%B3
Chronic low dose corticosterone exposure decreased hippocampal cell proliferation, volume and induced anxiety and depression like behaviours in mice
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18289522
Evaluation of the effect of chronic exposure to 137Cesium on sleep-wake cycle in rats.(セシウム137慢性内部被曝がラットの睡眠覚醒リズムに与える影響の評価)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16876929
ラットに1日200Bq相当のセシウム137を3か月間投与。30日の時点で、開放フィールドでの行動に変化は認められなかったが、覚醒行動や、ノンレム睡眠の頻度が減少し、それらの平均期間が増加した。90日後には、脳のデルタ波(0.5-4 Hz)が増大した。これらの変化は、セシウム137の脳幹への蓄積によって生じている可能性があり、内部被曝の脳機能への影響を、さらに検討する必要がある。
概日リズム障害
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E6%97%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E9%9A%9C%E5%AE%B3
デルタ波
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E6%B3%A2
Neuro-inflammatory response in rats chronically exposed to (137)Cesium.(セシウム137慢性内部被曝ラットにおける神経炎症反応)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18295892
ラットに1日200Bq相当のセシウム137を3か月間投与。海馬において炎症性サイトカインTNFαとIL-6の発現が有意に増加、前頭皮質においてIL-10の発現が有意に増加した。海馬ではTNFαの蛋白質量も増加していた。海馬ではさらに一酸化窒素合成系であるiNOSの発現およびcNOSの活性が有意に増加していた。これらのことから、セシウム137の低線量内部被曝は脳において炎症性サイトカインおよび一酸化窒素シグナルを変化させ、神経における炎症反応を引き起こしていると考えられる。
脳疾患の病理学的シグナル伝達カスケードの頂点に位置する炎症性サイトカイン
http://www.cosmobio.co.jp/aaas_signal/archive/pp-20130115-2.asp
A meta-analysis of cytokines in major depression.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20015486
Molecular modifications of cholesterol metabolism in the liver and the brain after chronic contamination with cesium 137.(セシウム137の慢性内部被曝によって肝および脳におけるコレステロール代謝分子が変化する)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19394396
ラットに1日150Bq相当のセシウム137を9か月間投与。コレステロール値自体には有意な変化が認められなかった。一方肝では ACAT2(アセチル基転移酵素2)、Apo E(アポリポ蛋白E)、LXRα(肝臓X受容体α)の遺伝子発現が有意に低下していた。脳では、CYP27A1およびACAT1(アセチル基転移酵素1)の発現が減少していた。これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝は、健康な個体のコレステロール値を直接変化させるほどの影響はなさそうだが、代謝に関わる遺伝子発現を変化させているため、胎児や、代謝性疾患を持っているような、より感受性の高い場合にはより慎重な検討が必要だろう。
ラットに1日200Bq相当のセシウム137を摂取させた場合の各臓器への蓄積
Distribution of 137Cs in rat tissues after various schedules of chronic ingestion.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20539123
より