菊池誠氏の危険なトンデモ医療記事について①

原発事故時にはメルトダウンじゃないだす』と大嘘を流布し、

豊洲市場の”俺の安全宣言”から思い出す、菊池誠(キクマコ)の「メルトダウンじゃないだす」発言と危険度矮小化作戦 - Togetter

先日は最低賃金に関するトンデモ見解で話題になった阪大教授、物理学者の菊池誠氏。

[B! キクマコ] kikumaco(7/17神戸8/6,9大阪) on Twitter: "最低賃金っていうのはアルバイトの高校生を搾取しないように定められてる金額ですよ。ほんとに景気がよかったら、最低賃金は殆ど問題にならない。景気をよくする反緊縮の経済政策を提案できない政党が最低賃金1500とか言うわけですよ。これは本末転倒でしょう"

オルテガのいうところの、専門外について的外れな自信を持つ大衆としての科学者そのもので、ある意味感動的ですらあります。

ただし、阪大教授としての権威をもってデタラメを流布することは単なる笑い話ではすみません。特に、実際に患者や被害者のいる医療問題については非常に危険なものとなります。

福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(上) - 菊池誠|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(下) - 菊池誠|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

菊池氏の今回の二つの記事は残念ながらまともに資料すら検討されておらず、トンデモ医療記事としかいいようがないものです。朝日新聞論座』はこういった無責任な記事を載せることの責任を問われるべきでしょう。

では、順に問題点を見ていきましょう。

 まず(上)。

甲状腺がんのように進行の遅いがん

はい、いきなりダウト。がんの中では比較的進行が遅いといわれているのは「成人の」甲状腺がんであり、子どもの甲状腺がんはそれと異なり進行が早いといわれています。

たとえばLancetの甲状腺がん総説を見てみましょう。

Thyroid carcinoma. - PubMed - NCBI

https://www.j-tajiri.or.jp/old/source/treatise/062/index.html(和訳版)

"小児の分化型甲状腺癌は甲状腺内に多発性に癌ができやすいこと、リンパ節転移しやすいこと、遠隔転移を起こしやすいという特徴のために、甲状腺全摘術、頸部リンパ節郭清、術後の放射性ヨード治療を行うことが勧められている。大人になって再発したり、病気が悪化する危険性が高いので、一生涯にわたる経過観察が正当化される。"

別の甲状腺専門誌の総説もあります。

Thyroid Carcinoma in Children and Adolescents—Systematic Review of the Literature

子どもの甲状腺がんについての総説和訳(抜粋) - 赤の女王とお茶を

”臨床像においては、いくつかの点において小児における病態は成人のものと大きく異なっている。”

”20歳以下においては、20〜50歳の患者よりも発見される腫瘍の体積が大きい傾向がある。”

”児童では甲状腺の体積が小さいためだろうが、カプセル状の被膜や周辺組織の発生が早い”

”児童の甲状腺がん患者では遠隔転移と同様に、頸部リンパ節への転移の割合が高い。”

”成人で使われているような微小がんの分類は、児童においては除外されるべきである。つまり、1cmのがんをこの年齢においては見つけるのはきわめて重要なことだといえる。”

菊池誠氏の認識はこの時点で破綻しており、あとの議論はすでにゴミといってよいでしょう。子どもの甲状腺がんに関する誤った知識は、患者さんを危険にさらします。菊池誠氏はもはや危険な医療デマゴーグです。

・38万人もの対象者の甲状腺を継続的に高精度エコーで調べるという前例のない大調査

チェルノブイリ事故後にも同様に大規模なエコー検査が行われています。そして菊池誠氏らは絶対に触れませんが、チェルノブイリでは非被曝・低被曝の子どもたち4万7千人あまりに対してもエコー検査が行われ、ここからは甲状腺がんは見つかっていません。つまり非被曝の対照群はとっくにあるわけです。被曝がなければ、子どもの甲状腺がんは極めて稀なものだという知見の通りです。

 http://4.bp.blogspot.com/-hpzkNkRnRp0/Vh8SoZQrAYI/AAAAAAAACdc/croCwhBnH3g/s1600/%25E6%25B4%25A5%25E7%2594%25B0%25E5%259B%259E%25E7%25AD%2594%25E3%2580%2580%25E8%2583%258E%25E5%2586%2585%25E8%25A2%25AB%25E3%2581%25AF%25E3%2582%2599%25E3%2581%258F%25E9%259B%2586%25E5%259B%25A3%25E3%2580%2580%25E8%25A1%25A8.png

Fukushima Voice version 2: 岡山大学チーム原著論文に対する医師らの指摘・批判への、津田敏秀氏による回答集

 エコー検査の精度が違う、という方もいますが、チェルノブイリ事故時被曝群からはすでに5mm程度のがんは多く発見されています。

Image with no description

 そして福島の検査で見つかっている子どもの甲状腺がん『1cm以上または転移浸潤がある』もの、つまり成人でいうところの『絶対的手術適応』の状態にあるものです。

f:id:sivad:20190630192753p:plain
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/80430.pdf

この基準は経過観察を推進している隈病院や伊藤病院でも同様で、隈病院の宮内医師も「腫瘍が1センチ超えていたり、リンパ節や肺に転移していたりと、手術は妥当。私が担当医でも手術をしました」と述べています。

https://jisin.jp/domestic/1623717/

すなわち、福島の検査がチェルノブイリと比べて高精度だからみつかっているわけではない、ということです。またこの基準は進行の遅い成人における「絶対的手術適応」なのであって、進行の早い子どもの場合にはむしろ遅い可能性すらあります。

というのも本邦の甲状腺がん治療の第一人者、清水一雄医師によると、1cm以下でリンパ節転移がない場合には内視鏡手術が可能であり、手術によるダメージを大きく減らすことができるといわれています。つまり、発見が遅れると内視鏡手術の選択を失う可能性が高くなるわけです。早期発見のメリットを否定する菊池誠氏は、患者さんからこういう選択を奪っているのです(発見が遅れることのリスクは他にも多々あります)。

病理と臨床 31/1 2013年1月号 | 医学書専門店メテオMBC【送料無料】

次に、甲状腺評価部会によるまとめに関しては、すでに患者家族の会から以下のような批判が出ています。

20190606福島県等への要望書 - 311kazokukai

”(1)資料図の信頼区間が、データ量から考えて小さすぎ、また、有意差で単純に
結論付けることの問題が国際的に指摘されている。
(2)これまで部会で用いられてきた4地域区分や、学術論文で用いられた先行検
査分析の際の地域区分を用いておらず、連続性が失われている。
(3)個人の推定被ばく線量データがあるならば、個人線量に基づいて比較すれば
よいにも関わらず、新たな地域区分を導入し地域比較に終始している。

ご存知のように、宮崎・早野論文では不適切なデータ処理が指摘されるなど、
不透明なデータを根拠とすることは、調査・研究の信頼性を根本から毀損します。
これらの疑義について明らかにする見地から、以下A~Cを要望します。
A データおよび計算方法の公開
B 従来の4地域および先行検査分析の際に用いた地域区分を用いた比
C 個人線量に基づいた比較”

牧野淳一郎氏のさらに詳細な指摘もあります。

http://jun-makino.sakura.ne.jp/Journal/journal-2019-06.html#1

どれも妥当な批判であり要望ですが、残念ながら今のところ部会はこれに答えることができていません。

そもそも、チェルノブイリ事故の際には甲状腺被曝量の実測が35万人規模で行われました。

チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓 - Togetter

一方福島では行政の妨害により、実測は1080人程度しかえられておらず、しかも被服をバックグラウンドに用いるという異常な方法によるものでした。また内部被曝は未だに評価されておらず、被曝量の不確実性は非常に大きいものとなっています。被曝量が小さいから甲状腺がんがでない、といえる根拠はありません。

見捨てられた初期被曝 - 岩波書店

個人の推定外部被曝量で検討した場合、被曝量が多いほど悪性率が高いという牧野淳一郎氏の指摘はあります。検討部会が個人ベースの比較をしない理由はこのあたりにあるのかもしれません。

レイジ on Twitter: "続き) 「実効線量推計値が1mSv超の人の悪性率は、1mSv未満の人の2倍以上になる。」… "

また甲状腺の結節については、避難地域では非避難地域より増加しているという報告が出ています。

Thyroid nodule prevalence among young residents in the evacuation area after fukushima daiichi nuclear accident: Results of preliminary analysis using the official data Akiba S, Nandakumar A, Higuchi K, Tsuji M, Uwatoko F - J Radiat Cancer Res

 ・青森・山梨・長崎で行われた三県調査

この調査はサンプルサイズが小さすぎ、比較に使えないのは疫学者の渋谷健司氏らが述べている通りです。

”the sample size (4365) was too small to conclude that the prevalence of thyroid cancer in these three prefectures was different from that in Fukushima”

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(14)60909-0/fulltext

これを持ち出している時点で、菊池誠氏は疫学的な比較を理解できていないことがわかります。先に述べたチェルノブイリでの非被曝、低被曝群のことを隠していることからも、菊池誠氏が不誠実な論者であるといえるでしょう。

 

さてこのように、(上)だけでも菊池誠氏の危険なトンデモっぷりは明白なのですが、(下)もあるようなのでまた後日そちらも取り上げることにしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

科学的懐疑主義の立場から見たHPVワクチンの副反応の問題ー史上最大なのは薬害か薬害捏造かー

JAPAN SKEPTICS委員で生化学者の平岡厚氏のHPVワクチン副反応問題に関する最新の講演資料を頂きましたので、こちらで公開致します。
現時点での情報を簡潔にまとめられており、状況の概観に適していると思います。

科学的懐疑主義の立場から見たHPVワクチンの副反応の問題 ー史上最大なのは薬害か薬害捏造かー
杏林大学保健学部准教授 平岡 厚
https://drive.google.com/open?id=1aIsxLEK-zp_CZiVWdOd0vK-CP0XzqDSZ

スライドを一部ご紹介します。

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全体を読みたい方は、ぜひ上記リンクからダウンロードしてみてください。

さて、ここからは補足です。資料でも少し触れられていますが、HPVワクチンには副反応に加えて、ウイルスに既感染の場合の問題が浮上しています。

もともと、HPVワクチンは接種時にHPVへの感染暦がある場合には効果がない、とされています。しかし、メルクのデータを再解析した結果、効果がないどころか逆にがんを促進するリスクの可能性が指摘されています。以下の図にあるように、既感染の場合ワクチン接種群で高度異形成リスクが大きくなっているのです。

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http://www.re-check.ch/wordpress/wp-content/uploads/2017/03/2006-VRBPAC_Background_Document-4222B3.pdf

また、別の論文でも、やはり既感染の場合の高度異形成リスクの増大が報告されています。

”HPV DNA- and serology-positive women vaccinated by Gardasil had a higher risk of ≥CIN2 than women given a placebo but the increased ≥CIN2 risk was unexplained.”

Impact of human papillomavirus vaccination on the clinical meaning of cervical screening results. - PubMed - NCBI

このメカニズムについては今後の研究が待たれますが、現在の知識でもそれほど違和感があるものではありません。

平岡氏の資料にもあるように、HPVワクチンは通常のワクチンに比べ、長期間にわたる免疫応答を生じさせるように作製されています。長期間の免疫応答はすなわち慢性的な炎症を生じるわけですが、これはそれ自体をみるとむしろ発がん促進に関わる因子とされています。

【寄稿】慢性炎症・感染症のがん化に関与する遺伝子編集酵素AID | ニュース|Medical Tribune

【いまさら聞けないがんの基礎 2】がんと慢性炎症の関係とは? | Learning at the Bench

しかしながら、HPVワクチンの場合はそれによってウイルスの除去が可能であるということによって、発がん抑制につながると考えられているわけです。

ところが既感染の場合にウイルス除去ができないとなると、これは単に慢性炎症を促進しているだけ、ということになってしまいます。

健康な若者に多数接種することが想定されるワクチンにおいて、逆にがんを促進するかもしれないリスクは副反応とともに重大な問題となるものでしょう。

オーストラリアでは2007年からHPVワクチンが導入されていますが、上のグラフのようにむしろ子宮頸がんは増加し続けています(94年からの減少は検診によるものと考えられます)。予測やシミュレーションでは既感染の場合のリスクは考慮されていません。

HPVワクチンは副反応および予防効果について、総合的に再検証が必要なワクチンであるといってよいでしょう。

 

関連エントリ

科学的懐疑主義者がHPVワクチン副反応問題を徹底的に調査した結果… - 赤の女王とお茶を

HPVワクチン副反応マウスモデル論文の不当な撤回問題について - 赤の女王とお茶を

科学的懐疑主義者がHPVワクチン副反応問題を徹底的に調査した結果…

「科学的懐疑主義」といえば宇宙物理学者でSF作家のカール・セーガンですね。

カール・セーガン科学と悪霊を語る

セーガンによる科学的懐疑主義とは、

  • 裏づけをとれ
  • 議論のまな板に載せろ
  • 権威主義に陥るな(権威はこれまでも過ちを犯してきた。これからも間違えるだろう)
  • 仮説は複数立てよ
  • 身びいきするな

などなどといった思考様式で物事にあたり、世の中の様々な問題に対して妥当な答えを探り出していこうとする姿勢のことであるといえます。

自分の頭で考えることができず、権威に対して積極的に異議を唱えようとしなければ、我々は権力を握る者の言いなりになるしかない。(カール・セーガン

セーガンが特に重視したのは、権威に盲従しない思考を持つこと。その意味で、専門家の権威をもって市民を動かそうとするテクノクラシーとは明確に異なります。もちろん日本でいうところの「ニセ科学批判」とも全然違いますね。セーガンはこんな言葉も引用しています。

市民が誤りに陥らないようにするのは政府の役目ではない。 しかし、政府が誤りに陥らないようにするのは市民の役目である。(ロバート・ジャクソン)

 ところで、日本にも科学的懐疑主義を掲げる学会があります。

Home - ジャパンスケプティクス(JAPAN SKEPTICS )

という団体で、1991年から活動しているとのことです。このJAPAN SKEPTICSの委員で生化学者の平岡厚さんは、社会問題になっているHPVワクチン副反応問題について懐疑主義の観点から調査を開始しました。

2014年にはその時点での科学的知見を整理し、

HPVワクチン(子宮頸癌予防ワクチン)の副反応」の問題について−文献調査から見えてくること−

という論文を発表されました。ここではHPVワクチンの副反応問題についてはまだ十分な情報がないものの、慎重を期して勧奨は中止し、より詳細に副反応問題について研究を進めてから判断すべきであるとの結論に至っています。

そして先日、それ以降に蓄積された科学的知見を合わせて論じた続編が発表されました。ただ、前報はJAPAN SKEPTICSのHPで公表されたのですが、今回の続編はなぜかHPでの掲載に反対する方がいたそうで、学会誌のみの公表となりました。

しかし前報がOKで、より情報が増えた続編は駄目だというのはおかしな話。そこで平岡さんが交渉した結果、私がこちらで公表するのは構わないとの許可を得られました。

Googleドライブに平岡さんから頂いた論文pdfをアップいたしますので、以下のリンクから自由に閲覧・ダウンロードして頂ければと思います。

HPVワクチンの副反応の問題について 続報

現時点の和文としては、もっとも総括的にHPVワクチン副反応問題を論じたものであるといってよいでしょう。この問題に関心をお持ちの方はまさに必読です。

内容について解説したいところですが、詳細はぜひ本文をお読みいただきたいと思います。

一つだけ明確なのは、懐疑主義の視点から科学的知見を検討した結果、著者はHPVワクチン副反応リスクを認めることになったということです。

それなりの分量がありますが、休日にゆっくり読んで頂きたい力作ですね。

カール・セーガンの精神は市民が権力に対抗するためのものであって、決して市民をコントロールするものではないのです。

 

 

 

 

 

 

HPVワクチン副反応マウスモデル論文の不当な撤回問題について

Scientific Reports誌に査読を経て正式に掲載された荒谷らによるHPVワクチン副反応マウスモデルの論文が先日、何の不正も認められていないにも関わらず、編集側の一方的な判断で撤回されるという異例の事態が起きました。

Retraction: Murine hypothalamic destruction with vascular cell apoptosis subsequent to combined administration of human papilloma virus vaccine and pertussis toxin
https://www.nature.com/articles/srep46971

撤回を要求したのはHPVワクチン推進側のシャロン・ハンリー氏らのようですが、これはサイエンスおよび医療の両面において非常に重大な問題であるため、基礎的な知識も含めてここで解説したいと思います。
まず、編集部による主張をみてみます。

The Publisher is retracting this Article because the experimental approach does not support the objectives of the study. The study was designed to elucidate the maximum implication of human papilloma virus (HPV) vaccine (Gardasil) in the central nervous system. However, the co-administration of pertussis toxin with high-levels of HPV vaccine is not an appropriate approach to determine neurological damage from HPV vaccine alone. The Authors do not agree with the retraction.

専門家の査読を経て正式に掲載された論文を一方的に撤回するにしては、具体性に欠けるコメントと言わざるをえません。
主な主張は、HPVワクチンの影響を見る際の実験に「pertussis toxin」を使用しており、これがHPVワクチン単独の影響を検討するには不適当である、というものです。
これはマウスの疾患モデルを使った研究を知っている専門家にとっては、非常に奇妙な論理です。

pertussis toxin(百日咳毒素)とはなにか

pertussis toxinは百日咳毒素と呼ばれる成分ですが、たとえばpubmedで以下のように検索してみればわかるように、これはマウスモデルを使って自己免疫性の神経疾患を研究する際には、ごく一般的に用いられている手法だからです。

pubmed検索例
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=EAE++pertussis+toxin
実験用マウスの老舗チャールズ・リバー社からも、pertussis toxinを使った実験的自己免疫性脳脊髄炎の手引きが出ています。
http://www.crj.co.jp/cms/cmsrs/pdf/CRJLetters/CRJLetters-17_2.pdf

ではなぜ神経疾患のマウスモデルにおいてpertussis toxinを使用するのか、簡単に説明しましょう。
pertussis toxin(百日咳毒素)の役割は、一言でいえば「血液脳関門」の機能を低下させることです。
では「血液脳関門」とはなにか?となりますよね。
血液脳関門 (blood-brain barrier, BBB)とは、血液と脳のあいだでの物質交換を制限する機構のことです。
血液は全身に酸素、栄養成分や血球を運び、それらは血管壁を越えて臓器に供給されていきます。しかし、血液は同時に、毒物や病原体をも運んでしまうことがあります。
極めて繊細な器官である脳を守るために、脳の血管ではこの血管壁が極めて厳重な障壁となっていて、通過できる分子をごく少数に制限しているのです。
このため、大きな分子や白血球などの免疫細胞もほとんど脳の実質に入ることはできず、また多くの薬剤もシャットアウトされてしまいます。
ただし、この血液脳関門も絶対ではなく、神経への刺激や炎症によって緩んだり破綻したりすることが知られています。

局所的な神経の活性化により血液脳関門における免疫細胞のゲートが形成される
http://first.lifesciencedb.jp/archives/4397
血液脳関門に関する最新の知見
https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/20/1/20_36/_pdf

さらに、多発性硬化症に代表される自己免疫性の脳炎においては、やはりこの血液脳関門の機能が低下し、通常は透過しない成分や免疫細胞が脳に浸潤を起こしていることが明らかになっているのです。

Early-Detection Probe for MS Exploits Coagulation Protein
http://www.msdiscovery.org/news/news_briefs/8695-early-detection-probe-ms-exploits-coagulation-protein
神経難病が起こる仕組みを解明
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20151209/
血中の自己抗体が脳内に侵入して神経伝達機能を低下させる
http://www.riken.jp/pr/press/2012/20121212/
抗NMDA受容体脳炎
http://mainichi.jp/articles/20161207/k00/00e/040/223000d

つまり、自己免疫性の脳炎を患っている患者さんでは、なんらかの要因により血液脳関門の機能が低下したことが病気の原因の一端であると考えられるわけですね。
治療や研究の為にはこういった病態をマウスで再現することが必要になりますが、ここで実験用マウスと人間の患者さんとの違いを考えねばなりません。

疾患マウスモデルとは

実験用のマウスというのは、近親交配によって遺伝的に最大限均一にされていますし、生育環境なども可能な限り統一され、健康な状態を保たれています。
一方、人間の場合は遺伝的背景も、生理的条件も、生活環境も人それぞれです。その中で運悪く、特殊な条件に当てはまった方が、病気を発症してしまうわけです。ほとんどの人にとって小麦粉は単なる食料ですが、アレルギーを持つ人にとっては一口食べただけで命の危険がある、それくらいの多様性があるわけです。
ですから病気のマウスモデルを作製する場合には、人為的に特殊な条件をつくってあげなくてはなりません
例えばがんのモデルでは発がんさせるために投薬したり、特定の遺伝子を破壊したりしますし、アルツハイマー病モデルでは特定の蛋白質を過剰に発現させたりします。これらはもちろん人間の患者さんではやっていないことですが、病気の条件をマウスで再現するには必要な手法なわけです。
そうしてマウスで疾患の状態を再現できれば、人間には簡単に試せない手法をいろいろと検討することができ、原因解明や治療法の開発に大きく前進できるのです。
pertussis toxin(百日咳毒素)も、上記のように多発性硬化症などの神経疾患モデルにおいて世界的に広く使われていますが、もちろんそういう疾患の原因がpertussis toxinであるわけではありません。血液脳関門の機能低下という状況を再現するために必要だから使われているのです。
すなわち、HPVワクチン副反応が、自己免疫性の脳炎と類似のメカニズムや現象である可能性があるならば、pertussis toxinを使用して血液脳関門の機能低下という状況を検討するのは、科学的に当然の方法であるといえます。
実際、HPVワクチン副反応の患者さんを診察した専門家は各症状や自己抗体、炎症性サイトカインの増加などから、自己免疫性の脳症との類似を指摘しており、このアプローチは理が適っているものといえます。

子宮頸がんワクチン接種後の神経障害【本疾患の主病態は自己免疫性の脳炎・脳症と考えられ,適切な治療が必要】
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=7027

著者らが「撤回される理由がわからない」とするのも頷けますし、科学者同士で議論をするのではなく、査読を通り掲載された論文を編集側が奇妙な論理で一方的に撤回するのは、科学の手続きからしても非常に大きな問題といえます。
川上浩一氏らの見解に同意です。

「HPVワクチンと百日咳毒素を使う」研究であったことは論文に明確に述べられ、論文タイトルにも表示されています。それで査読され、アクセプト、掲載された論文ですので、この編集者側からの一方的な撤回は理不尽
https://twitter.com/koichi_kawakami/status/998107609667325952
「査読を通り、再度の訂正もクリアしての掲載なのに、なぜ撤回されたか全くわからない」「我々が教えてもらいたいくらいだ」
https://twitter.com/hichachu/status/999078965250740225

HPVワクチン副反応マウスモデル論文の内容

著者らは論文をさらに強化して他の学術誌に投稿する予定のようですから、とりあえずはそれを待てばよいですが、ここでも当該論文の内容を簡単に紹介しておきます。
荒谷らは、図1aにあるように、この実験ではマウスに対してvehicle(何も入っていない溶液)、Ptx(pertussis toxin)、G(HPVワクチン、ガーダシル)、GPt(HPVワクチン+pertussis toxin)、EAE(MOG=ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質という神経系由来の抗原)、EAEPt(MOG+pertussis toxin)の6種類の溶液を注射して観察しています。

vehicleとPtxはネガティブ・コントロール(何も起こらないはずの比較対照)、EAEとEAEPtは以前から知られている自己免疫脳炎モデルの方法で、ポジティブ・コントロール(影響が出るはずの比較対照)ですね。
その結果、図1cのように、vehicle(何も入っていない溶液)とPtx(pertussis toxin)ではなんの変化も認められませんでしたが、G(HPVワクチン、ガーダシル)、GPt(HPVワクチン+pertussis toxin)では接種4週間後にはでそれぞれ2/14、12/21の割合で麻痺症状が現れました。HPVワクチン単独でも症状が現れますが、pertussis toxinはそれを促進していると受け取れます。

EAEとEAEPtではポジコンとしてきっちり5/5、5/5で症状が現れ、実験が機能していることを示しています。
この後の実験では、マウスの脳を組織切片で分析し、HPVワクチンの投与が脳室径に影響を及ぼす可能性や、細胞死を亢進させている可能性を認めています。
シンプルな実験ではありますが、科学的重要性と複雑さは関係ありません。
また、マウスに対するこういった実験は、荒谷らのみがやっているわけではありません。別の研究グループも、条件は違いますがマウスにHPVワクチン(ガーダシル)およびpertussis toxinを投与する実験を行っており、やはりHPVワクチン、HPVワクチン+pertussis toxinで行動異常が増加するというデータを得ており、またワクチン投与マウスから得た抗体が、マウス脳抽出物と交差反応を起こすという結果も得ています

Behavioral abnormalities in female mice following administration of aluminum adjuvants and the human papillomavirus (HPV) vaccine Gardasil
https://link.springer.com/article/10.1007/s12026-016-8826-6

これらを総合すると、HPVワクチンの投与によって生じた抗体が中枢神経系の蛋白質と交差反応を起こす可能性があり、何らかの原因*1血液脳関門の機能が低下している場合には特に重篤な結果を招く可能性がある、と考えることができます。
ただし、現象がどれだけ安定しているか、患者さんの症状をどれだけ忠実に再現しているかは、これらのモデルを多くの研究者らが試していくうちに検証されていくことであり、それによって徐々にファインチューニングされていくものだといえます。もちろんその過程で、現実的には使えないモデルであるということになる可能性もあります。

サイエンスと医療を歪めるシャロン・ハンリー氏ら

ところが、シャロン・ハンリ―氏らはこういった科学的プロセスそのものを、議論も検証もなく妨害しようとしたわけです。
現象を批判したいなら再現実験すればいいのですが、独立した研究グループが同じような結果を出していることから、現象自体は間違いなさそうであり、再現実験すれば再現例が増えるだけになってしまう。だから論文掲載そのものを妨害するしかなかったのでしょうね。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hans-ronbun-tekkai*2
シャロン・ハンリー氏はガーダシル、 サーバリックスといったHPVワクチンのメーカーから支援を受けている「PCAF(生命のゆりかごを守る運動・シャインキャンペーン)」および「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」双方のメンバーとして知られている人物です。
https://togetter.com/li/976929
こういう姿勢はサイエンスを歪め、また患者の救済や医療の発展すら阻害する極めて悪質なもので、村中璃子氏の言動*3と並んで科学史、医学史における歴史的汚点となることでしょう。
きちんとHPVワクチン副反応の患者さんや症状と向き合って診察、研究を続ける医師、研究者らに敬意を表し、HPVワクチン副反応患者の皆さんの苦難が一刻も早く解決されるように祈っております。

*1:上記のように神経への刺激や炎症で血液脳関門は機能低下します。つまりワクチンアジュバントによる炎症や痛みがそのきっかけとなる可能性もあるでしょう。

*2:ちなみに岩永記事ではHPVワクチンの投与量が過剰とも主張していますが、動物実験の場合、人間との単純な体重比で計算するのは間違いです。動物等価用量でみれば、問題のない量といえます。https://twitter.com/seki_yo/status/999579645543510017 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4804402/ https://www.nature.com/articles/srep46971#comment-3902836005 

*3:村中璃子氏の問題については神経内科医の方のこちらのブログに詳しい https://marugametorao.wordpress.com/

長瀧氏やWelchといった過剰診断論者はどこがおかしいのか〜世界や韓国の甲状腺がんの増加に関して〜

さて前回のエントリでも書いたように福島県甲状腺調査での小児甲状腺がんは多発が明らかになりました。
当事者への詳細なインタビューはDAYS JAPAN7月号にもあるので、ぜひ一読をお勧めします。
DAYS JAPAN 2015年 07 月号 [雑誌]
こういう状況になっても相変わらず無責任な「過剰診断論」をばら撒こうとする人たちがいますが、そういう中でも専門家を名乗りつつやっている方々は特に悪質と言えるでしょう。
たとえば長瀧重信氏。
官邸のHPを利用して、あたかも福島の例が過剰診断であるかのような印象操作をしていますが、情報も偏っている上に、論理的にもかなり歪んでいます。
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g78.html
たとえば以下のくだりをみてみましょう。

甲状腺癌と診断され、手術される患者の数は確実に増えているにも関わらず、甲状腺癌の死亡率は減少していません。少なくとも手術される患者の増加に比べて死亡率の減少は、はるかに緩やかです。その結果、「手術しなくても死亡しない患者」が手術されているのではないか、という考えも出てきました。

一読して、なにか変だな、と感じませんでしたか? それは妥当な反応です。
まずここで「死亡率」という言葉が使われていますが、文章の中では一切定義されていません。もちろん「率」というのは母数が明らかにならなければ意味を成しませんが、ここでは甲状腺がん患者の話をしているわけですから、二つの可能性があります。
1. 人口当たりの死亡率(国や自治体などの人口を母数とする)
2. 患者数当たりの死亡率(ある範囲の患者を母数とする)
なぜか死亡率は1.の定義しかないようなことを言っている人もいるようですが、LancetだろうとNEJMだろうと患者を母数とした死亡率(mortality)を用いた論文は普通にありますから、なにかの勘違いをしているのでしょう。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0140673613608971
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1412278
ではまず1.の解釈で上の部分を読んでみましょう。
甲状腺癌と診断され、手術される患者の数は確実に増えている」
うん、甲状腺がん患者が増えていると。
「にも関わらず、甲状腺癌の死亡率は減少していません。」
なるほど患者が増えて、人口当たりの死亡率が減少しない…と。おや…?
それ、「にも関わらず」じゃなくね?
普通に考えて、甲状腺がん患者が増えた時、人口当たりの甲状腺がん患者の死亡率が減らないのは、別になにも不思議ではないですよね。
ここに逆接を使うのはおかしいわけです。
長瀧氏はこの「減らない」ことを理由に『「手術しなくても死亡しない患者」が手術されているのではないか』という主張を引き出していますが、「手術しなければ死亡する甲状腺がん」が増えていても人口当たりの甲状腺患者の死亡率は「減らない」のですから、「減らない」は理由になっていないわけです。死亡率が「減らない」ことからはこういった判断はできない、ということです。
では2.で解釈するとどうなるでしょうか。この場合少し様相は違ってきます。患者当たりの死亡率で考えると、「手術しなくても死亡しない患者」が増えている場合は死亡率がその分「減っていく」ことになります。患者数は増えても死亡しないわけですから、当然ですね。ですからこの場合死亡率が「減らない」ことを判断の理由とすることができるのですが、結論は逆になってしまうのです。死亡率が減らないということは、「手術しなくても死亡しない患者」ではない、ということになります。
このように、「死亡率」をどちらに解釈しても、長瀧氏の論理は破綻してしまいます。
なぜこうなってしまったのでしょうか?
その理由はおそらく、

その理由として、1985年頃には、主として症状のある患者、見たり触ったりして発見される癌が手術されていた のに対し、その後の医療技術の発展により、症状のない人でも超音波検査、針生検による細胞診で診断されるようになったからであると考えられています。まさ に早期診断、早期治療の結果です。

とあるように、甲状腺がん患者の増加について真の増加を一切排除し、検診や過剰診断に帰してしまおうとする姿勢にあると思われます。
世の中にはそのような主張をする人物もいますが、コンセンサスにはなっておらず、せめてそういう議論がある、というのが最低限のところでしょう。しかもその議論をきちんと追えば、過剰診断を主張する論理にはかなり難があることもわかります。
では今度はそのへんを見ていきましょう。

ココが変だよWelchの過剰診断論

さてまず、過剰論者が持ち出すこちらの総説を見てみましょう。
Overdiagnosis in Cancer
http://jnci.oxfordjournals.org/content/102/9/605.long
ここで過剰診断は以下のように定義されています。

Overdiagnosis is the term used when a condition is diagnosed that would otherwise not go on to cause symptoms or death. Cancer overdiagnosis may have of one of two explanations: 1) The cancer never progresses (or, in fact, regresses) or 2) the cancer progresses slowly enough that the patient dies of other causes before the cancer becomes symptomatic. Note that this second explanation incorporates the interaction of three variables: the cancer size at detection, its growth rate, and the patient’s competing risks for mortality.

要約すると、
過剰診断とは症状や死につながらない病気を診断することで、がんの場合は1)決して進行しないあるいは退行するがん、または2)非常にゆっくりと進行し、症状が出るまでに患者が別の原因で死亡するようながん。ただしがんのサイズや増殖速度、患者の死亡リスクとといった要素を合わせて考慮しなくてはならない。
ということになります。この定義は概ね納得のいくものといえます。
ところがWelchらの議論は、だんだんおかしな方向に進んでいきます。
たとえば誰かさんも好きなこのグラフ。

Welchらはこのグラフのパターンで過剰診断を判断できると主張するわけですが、そも「死亡数」しか考えていない時点で、「症状」も勘案すべき過剰診断の定義からすでに外れてしまっています。
またたとえばこういうグラフがあったとします。青ががん患者数、赤がそれによる死亡数です。

これはパターンとしては明らかにBの過剰診断にみえますが、実際にはがん患者数(10000→30000)に比例して死亡数(100→300)も増えており、A「真の増加」です。つまり患者当たりの死亡率がもともと低い場合、こういったパターンでの区別は意味をなさないわけです。
彼らはまた米国の甲状腺がんのグラフを出し、この論理で人口当たりの死亡率が変化しないから過剰診断だと主張しています。

しかしデータをきちんと見ると、それはあまりにも粗雑な単純化であることがわかってきます。
まず人口当たりの死亡率ですが、こちらに生データがあります。
http://seer.cancer.gov/csr/1975_2012/browse_csr.php?sectionSEL=26&pageSEL=sect_26_table.06.html
これをみると、女性では減少傾向であるのに対し、男性では逆に増加していることがわかります。
これらを足して「変化がない」とすることは果たして科学的といえるでしょうか?
たとえばこちらの総説ではWelchらと違って、検査を原因とするには無理な点についても詳しく議論されています。
Worldwide Increasing Incidence of Thyroid Cancer: Update on Epidemiology and Risk Factors
http://www.hindawi.com/journals/jce/2013/965212/

(i) Large tumors are also increased
(ii) The incidence of large size and advanced stage cancers is not decreased, as expected when early diagnosis is more frequent
(iii) Only the papillary histotype of thyroid cancer is increased
(iv) Increased incidence is not proportionally distributed for age and gender (secular trend is greater for females and a birth cohort pattern is present)
(v) Improved accuracy of cancer registration should have produced similar effects also for other tumors
(vi) Mortality rate
(1) stable mortality rate may result from early diagnosis and better treatment counteracting the effect of the increased cancer number
(2) thyroid cancer progression is very slow and increased incidence would affect mortality only after decades
(3) recent data indicate that mortality is increasing, specially in males

小さなサイズのみならず大きなサイズのがんも増えていること、進行したがんも減っていないこと、「甲状腺がん」といってもいろいろな種類があるわけですが、なかでもなぜか乳頭がんのみが劇的に増加していることなどなど。
これらの重要な要素を無視して、あの極度に単純化したグラフから過剰診断を言おうとするのはさすがに乱暴だと言わざるを得ません。
実際WelchらはJAMA (米国医師会雑誌)やJAMA Otolaryngol Head Neck Surgでも同様の主張を繰り返していますが、ここでは

this conclusion is premature(この結論は早計である)

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=203371
あるいは

In the article by Davies and Welch, “Current Thyroid Cancer Trends in the United States,” the authors draw some questionable conclusions and make potentially dangerous suggestions. (著者らは疑問のある結論を導き、潜在的に危険な示唆をしている)

http://archotol.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1888656
などという辛辣なコメントがついています。
さてWelchらは韓国の甲状腺がんについても過剰診断キャンペーンを張っています。
Korea's Thyroid-Cancer “Epidemic” ― Screening and Overdiagnosis
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1409841
こちらでもまたおなじみの例の死亡率が変わりませんグラフを出してくるわけですが、そもそも韓国で甲状腺がんの人口当たり死亡率に変化がないのか、という点にすら疑問があります。
Standardized Thyroid Cancer Mortality in Korea between 1985 and 2010
http://synapse.koreamed.org/DOIx.php?id=10.3803/EnM.2014.29.4.530
こちらの分析では、

Thyroid cancer mortality increased until 2000 in Korea. It started to decrease from 2000.(韓国では2000年までは甲状腺がんでの死亡率は増加、それ以降は減少している)

とされています。
またWelchらはスクリーニングが行なわれた地域で発見率が高い、ということから過剰診断を主張しようとしていますが、甲状腺がんは発病すればすぐに重篤な症状が出るような疾患ではなく、増加しても成人では症状が出るまでに相当な年数がかかるわけですから、増加の過程においてスクリーニングで発見率が上がるのは当たり前で、これも理由になっていません。
その後、JAMA(米国医師会雑誌)の甲状腺がん検診に関する総説が出ましたが、Welchらのこの論文は「study designに問題あり」として根拠から除外されています。

Screening for Thyroid Cancer: Updated Evidence Report and Systematic Review for the US Preventive Services Task Force.
https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/Page/Document/final-evidence-review159/thyroid-cancer-screening1
こんな粗雑なグラフと考察ではさもありなん、といったところですね。

その後、Welchは以下のように論文不正が発覚し、大学を辞職したとのことです。そういう人物の粗雑な議論であったということでしょうね。
Dr. Gilbert Welch, prominent researcher, plagiarized colleagues' work - STAT

Dartmouth College investigation has concluded that Dr. H. Gilbert Welch, one of the country’s most prominent health care policy scholars, committed research misconduct in connection with a paper published in a top medical journal.

韓国の甲状腺がん、実際のところ

確かに韓国での甲状腺がんの増加は非常に顕著であって、当然ながら現地の研究者も詳細な分析をしています。
こちらでは1962 年から 2009 年までの韓国での甲状腺がんについて分析していますが、やはり検査の増加では説明できない多くの要素が見て取れます。
Changes in the Clinicopathological Characteristics and Outcomes of Thyroid Cancer in Korea over the Past Four Decades
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3704118/
韓国で成人に対する無料または安価な検診プログラムが開始されたのは99年。それまでも増加傾向は続いていましたが、2004年を超えたあたりから特に急激な伸びが見えるようになります。しかし韓国でもやはり増加している甲状腺がんの大半は乳頭がんで、甲状腺がん全般が均一に増加しているわけではありません(FIG.1)。
また、1cm未満や1-1.9cmのがんの数は急激に伸びていますが、かといって2004年まで2cm以上のがんもやはり増え続けており、やや減少に転じた2004年以降も小さいがんが増えた分ほどの減少があるわけではありません(FIG.3)。

さらに時代別、大きさ別に甲状腺がんのリンパ節転移(LN:lymph-node involvement)と甲状腺被膜外浸潤(ETE:extrathyroidal extension)を整理したこのグラフを見ると、転移は1999年以降の1cm未満のがんおいてやや減ってはいますが、それは90年以前からの減少傾向以上のものではなく、1-2cmでは変わらず、2cm以上では増えています。浸潤にいたっては1cm未満でもほとんど減らず、1-2cmにいたってはやはり増えています。

無論、転移したり浸潤するようながんは進行しないがんなどではなく、症状が出ないがんとも言えません。
韓国では小児の甲状腺がんも増えています。
ちょうど昨年、福島県立医科大らが主催した「放射線甲状腺がんに関する国際ワークショップ」でも、「韓国での小児甲状腺がん:最近の調査結果」と題する現地韓国の研究者からの発表があったので、少し見てみましょう。
http://fukushima-mimamori.jp/conference-workshop/2014/08/000143.html
さて福島の甲状腺検査では「数十倍のオーダーで多い」とされた小児甲状腺がんですが、韓国でも2001~2010年で2.5倍に増加しているそうです。
しかしアジア最大がん治療センターを持つといわれる韓国のサムスン医療院1995~2013年における小児甲状腺がんの診断経緯をみると、エコーで発見されたのは12%に過ぎないことがわかります。

このように、韓国においても甲状腺がんの増加は検診による見かけのものではなく、「真の増加」であることを示すデータがいろいろと出ています。もちろん検診によって発見が早まる効果も否定できませんが、それは真の増加を否定するものではなく、過剰診断を示すものともいえないわけです。
こちらをみると韓国の手術基準は甲状腺がんのサイズ1-0.5cmで100%、0.5cm以下でも92.6%と日本に比べると積極的なようですから、
Practical Management of Well Differentiated Thyroid Carcinoma in Korea
https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj/55/6/55_K08E-188/_article
たとえば隈医院のように成人の転移浸潤のない微小がんについて経過観察の選択肢を設ける、というような考慮はあってもいいかもしれません。しかし大半が過剰診断であるかのような主張は症例レベルの検討を無視した極度の単純化によるもので、まともな医師や科学者であれば与しないでしょう。
さてこのような増加の原因については、まだはっきりとはわかっていませんが、いくつかの示唆はなされています。
一つは、ワークショップの発表でも触れられていたように、CTの回数増加が疑われています。
たとえばこちらによると、米国ではCTの回数が年10%程度ずつ、韓国では年11~31%ずつ増加しているとされています。
CT Radiation Dose Optimization and Estimation: an Update for Radiologists
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3253393/
またこちらは韓国の大学病院小児救急科でのCT使用に関する論文ですが、
Trends of CT Use in the Pediatric Emergency Department in a Tertiary Academic Hospital of Korea during 2001-2010
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3484298/
2001年から2006年までにトータルで92%の増加を示しており、しかも部位別にみると顔面骨に対するCTは3188%(!)と、極めて急激な増加を示しています。
先のワークショップでは韓国では遺伝的バックグランドとして欧米よりも感受性が高い可能性にも触れられています。特に韓国で多いとされるBRAF遺伝子変異については、前回書いたように鈴木眞一氏の学会発表でも福島の発症例で割合が高いことが示唆されており、関連が気になるところです。
また先日の裁判で根拠とされたように、十分なデータではないものの原発からの距離と甲状腺がんの発症に相関がみられるとの報告もあるようです。
http://www.asahi.com/articles/ASH685SK9H68PTIL02K.html
Cancer Risk in Adult Residents near Nuclear Power Plants in Korea - A Cohort Study of 1992-2010
http://jkms.org/DOIx.php?id=10.3346/jkms.2012.27.9.999
現実は実験室のように管理されているわけではありませんから、こういった複数の要因が絡み合った結果なのかもしれません。

悪質な過剰診断論者にご注意!

結局のところ、世界的なまた韓国における甲状腺がんの増加には真の増加が関わっていることは否定されておらず、検査による発見数増加があったとしても、それが「過剰診断」であると示されたわけでもない、というのが現在における妥当な見解といえるでしょう。
すなわち韓国の甲状腺がん増加を過剰診断と単純に断ずるのはそれ自体偏った不正確な知識というべきですし、ましてやそれを福島の甲状腺検査と関連付けるかのような言動は悪質なミスリードとしか言いようがありません。
先日書いたように福島甲状腺検査におけるプロトコルはすでに考えられる最大限まで過剰診断・過剰治療に配慮した形になっており、それでもこれだけの小児甲状腺がんが出ているという状況をよく考えるべきです。
そういう中で、症例レベルの検討すらしていないWelchらの極端な単純化を批判的に読むこともできず、安易な過剰診断論を振りまく「専門家」らの行為は、今や“make obviously dangerous suggestions”といっても差し支えないものでしょう。


ちなみに、例の人はというと…
https://twitter.com/NATROM/status/576577790146781185

ぶっちゃけ、集団によっては甲状腺癌の死亡率が上がってるとか下がってるとか、実にどうでもいい。そんな集団がいくつかあったところで、大人の甲状腺癌に過剰診断が存在するという主張は覆せない。それよりも「子供は違うよね」で事足りる。

どうやら患者さんの死亡率などどうでもいいらしいです。こりゃダメだ。
ちなみに、「大人の甲状腺癌に過剰診断が存在するという主張は覆せない」は間違い。そもそも「過剰診断」の証明自体ができていないのですから、100%の精度では「否定も肯定もできない」が正しい認識です。
また子どもの甲状腺がんと成人のものとの違いについては2013年に解説済み。
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130311/p1

福島の甲状腺検査で過剰診断論が退けられた理由

さて、先日の第19回「県民健康調査」検討委員会記者会見では甲状腺がん悪性ないし悪性疑いの人数が平成26年度の本格調査では15人、先行調査では 112人、計127人(良性1例、低分化がん3例含む)*1になったことが明らかになりました。
特に本格調査に関しては前回なかったものが今回出てきたことになり、極端な誤診の可能性を除けば新たな発症のおそれを退けることは難しいでしょう。実際今回のとりまとめでは「数十倍のオーダーで多い」という表現が加わり、事態の切迫度を示しています。
甲状腺がん「数十倍のオーダーで多い」(甲状腺評価部会中間とりまとめ)http://oshidori-makoken.com/?p=1094
2015.5.18開催【第19回「県民健康調査」検討委員会】関連ツイートまとめ http://togetter.com/li/823211

では先行検査の分は「過剰診断」といえるかというと、そう単純ではありません。
第6回甲状腺評価部会では過剰診断論が議論されましたが、「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」に検査や治療の方法についての変更はなく、渋谷健司委員の主張する過剰論はここで事実上却下されたといえます。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/107582.pdf
その後も過剰論を燻らせる人物もいるようですが、ここでぼんやりした一般論ではなく、福島のケースをもとになぜ過剰診断論が退けられたのかを見ていくことにしましょう。

渋谷委員の論が受け入れられなかった理由は、大きく言って二つあります。
1.検査や治療に関する具体的な指摘が皆無であったこと
2.すでに過剰診断・過剰治療に対して最大限の配慮がなされていること

1.検査や治療に関する具体的な指摘が皆無

たとえばLancetに渋谷氏が書いた文章(correspondence:コメントのような短信)をみればわかるように
Time to reconsider thyroid cancer screening in Fukushima http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2814%2960909-0/fulltext
福島甲状腺検査の実際の方法や症例について、 なにをどのようにすべきなのか、という具体的な主張がまったく見られません。プロトコルを再考すべきというわりに、具体的なプロトコルについては一切触れようとしない。これでは現実の福島での問題に資することはありません。
これは氏に続いて過剰論をにおわせようとする方々にも共通な点ですね。

2.すでに過剰診断・過剰治療に対して最大限の配慮がなされている

こちらは実際には1.の理由といってもよいでしょう。変えるべき基準が見つからないから指摘もできない、というわけです。以下に具体的な状況について見ていきましょう。

まず前提となる点をいくつか。

・そもそも大規模な甲状腺検査自体が必要ない?

こういう立場の方もいるかもしれません。これは原発事故がなければともかく、事実原発事故が起き、不当な被曝が生じ、チェルノブイリ事故における放射線被曝で甲状腺がんの増加がはっきりしている以上、甲状腺への影響についてきちんと検査や治療を受ける権利は保証されねばなりません。ここは議論の余地はないでしょう。
チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓 http://togetter.com/li/578876

・被曝量が少ないから検査は必要ない?

たとえば甲状腺治療ではもっと高用量を使うが発がんしないから大丈夫だとか、チェルノブイリでは高線量だったとか。
まず「甲状腺治療では高線量」論は上記のような疫学的結果を無視していますし、第一、日本甲状腺学会による「バセドウ病131I 内用療法の手引き」をみると
http://www.j-tajiri.or.jp/old/source/treatise/070/RI_guideline.pdf
「若年者に131I 内用療法を行う場合は,甲状腺癌の発生の危険性を小さくするため,大量の放射性ヨードを用いるべき」
「131I 大量投与により残存甲状腺組織がより少量となり癌の発生母地が減少することによると考えられる」
とあり、高用量での治療では細胞や組織そのものが死滅するが、低用量ではむしろ発がんリスクが高いことを指摘しています。
またチェルノブイリ事故の例では高線量だった、という主張ではよくベラルーシのゴメリ州高線量地域などが引き合いに出されますが、以下のような低線量地域のブレスト州でも甲状腺がんは明らかに増加しており、低線量だから増加しないという主張は正しくありません。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15221314
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/conf/conf01-08/ext02.pdf
また上記のまとめや牧野淳一郎氏の被曝評価と科学的方法 (岩波科学ライブラリー)にもあるように、 チェルノブイリ事故においても被曝線量の評価は二転三転しており、被害が明らかになるにつれて数倍も引き上げられてきた歴史があります。
さらにリスク係数の過小評価等も加わって、事故後4年の1990年では甲状腺がんの増加について2〜3桁の過小評価になっていたことがわかっています。
1990年時点での甲状腺がん発生予測がすごい http://togetter.com/li/452452
つまり、「推定」とはそういう精度のものであるという認識が必要です。福島の場合、study2007氏の見捨てられた初期被曝 (岩波科学ライブラリー)にあるような事故後の評価体制の問題もあり、今後線量についてはさらに混迷するおそれがあります。

・低線量ではDNA修復があるから大丈夫?

のような珍説もあります。いわゆる閾値あり説で疫学研究の結果には反しますし、そもそもDNA修復について勘違いをしている可能性が高いです。確かに細胞はDNA損傷に対して修復機能を持っていますが、この場合の「修復」はDNAを完全に元の形に復元できるという意味ではありません。むしろ、修復の過程でも遺伝子変異やゲノム不安定性が生じる、つまり修復自体に発がんリスクが組み込まれているというのが正しい認識です。「損傷―修復イベント」は増せば増すほど発がんリスクは増すわけですから、閾値なしモデルと矛盾はないのです。
たとえば以下のような資料が参考になるでしょう。
植物における量子ビーム誘発突然変異の分子機構解明に関する研究 http://www.ige.tohoku.ac.jp/rinkai/project1-7.html
別の染色体のDNA損傷が、正常な染色体にも影響を与えることを確認 http://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/325

では

甲状腺検査の実際

を見てみます。
福島県立医科大学における福島県甲状腺検査について http://www.fmu.ac.jp/radiationhealth/workshop201402/presentation/presentation-3-1-j.pdf
いわゆるABC判定ですが、二次検査が行われるのはB判定以上ということになります。
B判定は『5.1mm以上の結節や20.1mm以上ののう胞を認めたもの等』とされています。ではこの基準は「過剰」といえるでしょうか?
まず「20.1mm以上ののう胞」ですが、子どもの首にこのサイズののう胞があれば圧迫感などの自覚症状も出始めますし、触知も可能でしょう。この大きさはスクリーニングとは関係なく見つかるものといえます。
そして重要なのが「5.1mm以上の結節」。
成人でいうところの微小癌は1cm以下のものを指しますから、これはサイズとしては小さいものといえます。では過剰か?というとさにあらず。先の渋谷氏の文章でも引用された、過剰診断を論じている総説
Thyroid cancer: zealous imaging has increased detection and treatment of low risk tumours http://www.bmj.com/content/347/bmj.f4706
を見てみましょう。
こちらの”Guideline recommendations”には

Thyroid nodules ≥5 mm and with ultrasound features suggestive of thyroid cancer and nodules in patients with a family history of thyroid cancer or a history of radiation exposure should be investigated by fine needle aspiration biopsy

つまり、放射線被曝歴がある場合には5mm以上の結節は生検すべきである』、と書かれています。
福島の場合は二次検査でもまずは詳細な超音波検査と血液・尿検査で、すぐに生検するわけではありませんから、過剰どころか足りないくらい。つまり、過剰診断を問題視する立場からみてもむしろ基準は緩められているといえます。*2

では最も重要な

・手術例について

はどうでしょうか?
福島甲状腺検査での手術の適応症例に関しては少し前のものですがこちらに資料があります。
手術の適応症例について http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf

術前診断では、腫瘍 径 10mm超は 42例(78%)、10mm以下は 12例(22%)であった。また、10mm以下12例のうちリンパ節転移、遠隔転移が疑われるものは 3 例(5%)、疑われないもの(cT1acN0cM0)は 9例(17%)であった。
この9例のうち7例 は気管や反回神経に近接もしくは甲状腺被膜外への進展が疑われ、残りの2例は非手術経過観察も勧めたが本人の希望で手術となった。
なお、リンパ節転移は 17 例(31%)が陽性であり、遠隔転移は 2 例(4%)に多発性肺転移を疑った。

*3
鈴木眞一氏は第3回甲状腺評価部会においてガイドラインに準拠して治療を行っている旨を述べていますが、
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3766.html
手術の適応症例について
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf
上記の手術例および資料を見る限り、甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版CQ20
甲状腺微小乳頭癌(腫瘍径1 cm 以下)において,ただちに手術を行わず非手術経過観察を行い得るのはどのような場合か?」http://www.jsco-cpg.jp/guideline/20_2.html#cq20
に準拠しているとみてよいでしょう。

術前診断(触診・頸部超音波検査など)により明らかなリンパ節転移や遠隔転移,甲状腺外浸潤を伴う微小乳頭癌は絶対的手術適応であり,経過観察は勧められない。

福島での手術例は1cm以上で(成人でいう)微小癌に当てはまらないものか、術前診断において転移や浸潤があるもの、つまり絶対的手術適応が基本となっているわけです。しかもこれらが成人ではなく、より進行が激しいとされる子供において、すでに計103名出ているのが現在の状況ということです。
*4 *5

隈医院の解説にもあるように、甲状腺の潜在癌の議論は基本的に成人の1cm以下の微小癌についてのものであり、これらの中には進行しないか、極めて進行が遅いものがある、という前提に基づいています。
甲状腺の微小癌Microcarcinoma of the Thyroid http://www.kuma-h.or.jp/index.php?id=44
したがって1cmを超えて成長しているものや、診断時に転移浸潤している、つまりすでに「進行している」ものについては潜在癌の議論自体が適用できません。それどころか、成人の例では診断時に転移や嗄声のある微小癌は特に高リスクであるという報告すらあります。
Symptomatic versus asymptomatic papillary thyroid microcarcinoma: a retrospective analysis of surgical outcome and prognostic factors. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10426589


さて仮に福島甲状腺検査が「過剰」であるとするならば、渋谷氏の論考にあるように、これらの検査・治療基準を再考・変更しなければならないわけです。
ところがここでみたように、福島の甲状腺検査の基準はすでにこれ以上緩めると絶対的手術適応のがんでさえとり逃してしまう、というギリギリのところに設定されています
確かに以下にあるように、子供の甲状腺がんはきちんと治療すれば、生命予後は成人と比較して一般によいと言われています。
小児甲状腺癌あるいは小児濾胞癌は成人例に比較して予後に差異が存在するか? http://www.jsco-cpg.jp/guideline/20.html#cq2
しかし対処が遅れて転移や浸潤が進行すれば切除の範囲が広がるなど治療の侵襲性は増加しますし、後遺症のリスクも増えます。神経に達すれば声を失う場合もありますし、甲状腺全摘になれば一生ホルモン剤の投与が必要となります。特に肺転移を起こしてしまうと放射性ヨード内用療法が行なわれる可能性が高くなりますが、この際は必ず全摘 になってしまいます。
また鈴木氏は福島の症例ではBRAF変異という遺伝子型が多いと報告していますが、
福島県の小児甲状腺がん症例について現在わかっていること http://fukushimavoice2.blogspot.jp/2014/11/blog-post.html
この変異型は遠隔転移した場合に放射性ヨードが効きにくいなど、予後が悪い可能性を指摘する報告もあり、予断を許さない状況です。*6
Association between BRAF V600E mutation and mortality in patients with papillary thyroid cancer. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23571588
BRAF V600E遺伝子変異の甲状腺乳頭癌の予後に与える影響について http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2013-05-22

甲状腺検査の受診率が伸び悩んでいる状況で、具体的な指摘もなく、なんとなく過剰診断を匂わすような専門家の発言はなんら患者のためにならないどころか、よりいっそう受診や対応を遅らせ、侵襲性や後遺症、予後のリスクを増すだけだといってもよいでしょう。
まとめにあるようにチェルノブイリ事故での甲状腺がんにおいても、被曝量の過小評価やスクリーニング説などが飛び交う中、症例における転移の多さや進行度から実際の増加であるとの指摘が相次ぎ、結局はそれが正しかったという歴史があります。
実際の症例をきちんと検討することが子供や患者を守ることにつながります。その意味において、検査責任者としてこれまで実地に症例を検討してきた鈴木眞一氏から、甲状腺手術は専門外の大津留晶氏への交代は非常に問題が多いと考えられます。
実際に質疑においても大津留氏は症例についてまともに答えることすらできていません。
福島の小児甲状腺がん疑い例含め126人に〜鈴木眞一氏は退任 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1915
これでは事態を悪化させるだけです。
国連人権理が勧告するように、きちんとした情報公開がなくては信頼は生まれようがありません。その点残念ながら県の姿勢はむしろ逆行しつつあるといえるでしょう。
受診が低調になっていく間にも、がんは進行していきます。いかに口先で誤魔化そうが、がんには通用しないのです。


追記
発見例にこれほどの転移浸潤があるということは、今後検査の中で見つかってくるがんも相当な割合で今現在「進行中」と考えるべきでしょう。その受診を遅らせることの意味を、具体的な指摘のできない「なんとなく過剰論者」はよく考えてもらいたいものです。
さらに今後の問題として、「再発」における遠隔転移や、また絶対数としてはさらに多くなるおそれがある成人の甲状腺がんに備える必要があります。疫学者の津田敏秀氏が指摘するのもこのあたりの問題でしょう。

第27回日本内分泌外科学会総会にて鈴木眞一氏の発表があったようです。
非常に重要なデータになっています。以下。
福島の小児甲状腺癌=第27回日本内分泌外科学会より
http://togetter.com/li/831629
DAYS JAPAN7月号に甲状腺検査評価部会に対する直接のインタビュー記事が掲載されています。
http://www.amazon.co.jp/DAYS-JAPAN-2015%E5%B9%B4-07-%E6%9C%88%E5%8F%B7/dp/B00XVHUFQ8


若年性(45歳以下成人)甲状腺がんにおいてもリンパ節転移が死亡リスクを高めるという報告が出ました。
Presence and Number of Lymph Node Metastases Are Associated With Compromised Survival for Patients Younger Than Age 45 Years With Papillary Thyroid Cancer
http://jco.ascopubs.org/content/early/2015/06/15/JCO.2014.59.8391.full
日本語記事
http://www.cancerit.jp/33993.html

*1:低分化がんは予後が悪いと言われており、状況は深刻です。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11717536 http://togetter.com/li/632205

*2:また米国甲状腺学会による、小児甲状腺結節・がんの初の治療ガイドラインにおいては、小児においては小さくても悪性の場合がある等の理由から、サイズは基準にならない旨が記載されています。http://t.co/QmcfhlPwS7

*3:ちなみに術後病理診断はざっくりしていますがこちら。「術後病理診断では、腫瘍径10mm以下は15例(28%)かつリンパ節転移、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 M0は 3例(6%)であった。甲状腺外浸潤 pEX1は37%に認め、リンパ節転移は74%が陽性であった。」

*4:ちなみにこちらの総説では、進行の早い子どもの場合には1cm以下でも微小癌の定義は当てはまらないとされています。 http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130311/p1

*5:また一部の人が引き合いに出そうとする韓国ではこちらの論文によると成人も含め1 - 0.5cmで100%、0.5cm以下でも92.6%が手術対象となるようで、福島甲状腺検査での手術基準とは相当にかけ離れており、直接比較するのは難しいでしょう。Practical Management of Well Differentiated Thyroid Carcinoma in Korea https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj/55/6/55_K08E-188/_article

*6:BRAF変異は成人に多いが、地 域やヨード摂取量によっても変動し、詳細なメカニズムはわかっていない。https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/98/8/98_1999/_pdf

NATROM氏はどこで道をあやまったのか〜なぜ1994年報告書はMCS(化学物質過敏症)や臨床環境医を否定しなかったのか〜

さて間が空いてしまったので簡単におさらいしましょう。
まずNATROM氏によるこういった暴言

https://twitter.com/NATROM/status/344020644603764737
化学物質過敏症は臨床環境医によってつくられた「医原病」だと思う。

http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130704/p1
から始まり、いま議論しているのは、NATROM氏がMCS(化学物質過敏症)および臨床環境医を否定する根拠を述べている、2002年のこちらの文章に関してです。
http://natrom.sakura.ne.jp/consensus.html
https://megalodon.jp/2013-0808-1505-32/members.jcom.home.ne.jp/natrom/consensus.html

アメリカ医師会らの報告書は臨床環境医学の主張するような多種化学物質過敏症の概念を支持しているわけではありません。だから、claimed(〜と主張されている)やsuspected(〜だと疑われている)という表現になっているのです。(強調は引用者による)

ここでNATROM氏は、EPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)や米国医師会(AMA:The American Medical Association)が出している以下の報告書が、MCSや臨床環境医を否定的に書いていると主張しています。
Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals
https://www.epa.gov/indoor-air-quality-iaq/indoor-air-pollution-introduction-health-professionals-printable-version

しかし一読してわかるように、NATROM氏は、”suspect”の意味を正反対に受け取ってしまっています。おそらく、 ”suspect”と ”doubt”とを混同しているのでしょう。和訳するとどちらも「疑う」と訳すことがありますが、実は意味は正反対で、”suspectは「〜であると考える」、”doubt”は「〜ではないと考える」なのです。
こちらがわかりやすいですね。
http://eigoism.jp/vocab-iqtest-01

次の単語も誤解が多いものです。
suspect「〜かどうか疑わしい」という意味ではありません。「おそらく〜に間違いない」の意味です。
I suspect she knows him.
彼女なら彼を知っていることはほぼ間違いない。

つまり、”suspect”を使っているということはNATROM氏の読みとは逆に、「おそらくMCSに間違いない」の意味なのです。
基本単語レベルの間違いということですね。
そもそも、”claim”や”suspect”は、医療において主訴や症状を記載したり、臨床推論したりする際に普通に使われる単語です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/?term=Medical+Claim
https://www.kango-roo.com/word/4396
上のリンクにあるように”suspect”は「〜病であるだろう」の意味でカルテで使われる基本語であり、「〜病」を支持してないなんてことはないのです。
たとえばこちらは細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別表ですが、「非定型肺炎疑い」「細菌性肺炎疑い」というのはそれぞれ「非定型肺炎であると判断する」「細菌性肺炎であると判断する」という意味であって、否定で読んでしまったら大惨事です。

http://www.osaka-med.ac.jp/deps/in1/res/memo/infection/cap/Cap2005JRS/AtypicalTable.html

英語でも同じですね。WHOのこちらの文書には”Antibiotic treatment for suspected pneumonia”とありますが、WHOはpneumonia(肺炎)を否定しているからsuspectedを使っているのでしょうか? んなわけはないですね。これは『肺炎疑いに対する抗菌剤治療』のことです。NATROM氏はこれも読めないということになります。
http://www.searo.who.int/entity/health_situation_trends/data/chi/treatment-for-pneumonia/en/

NATROM氏が医師であるなら、”suspect””疑い”をずっと正反対に読んできたというのはなかなかのホラーですね。
つまり

The current consensus is that in cases of claimed or suspected MCS, complaints should not be dismissed as psychogenic, and a thorough workup is essential.

という文は

MCSとの主訴がある、あるいはMCSである可能性が高い場合、それらの主張を精神的なものとして却下するべきでなく、包括的な検査をすることが不可欠である、というのが現在のコンセンサスである。

であって、MCSを認めたうえで、むしろ安易に心因性とすべきではないと勧告しているのです。

その後

https://twitter.com/NATROM/status/845420144482443264

「臨床環境医の連中が『この患者はおそらくMCSに間違いないsuspect』と言っている患者を診たときには、心因性だけじゃなく、アレルギーやら内分泌疾患やらの可能性も考えろよ」ってAMAは言ってんです

https://twitter.com/NATROM/status/978072812098211840

そりゃ、ホメオパシーを使っているような臨床環境医は肯定的意味で「〜病疑いsuspect」という言葉を使うでしょうよ。しかし、アメリカ医師会を初めととするまともな医学者団体は多発性化学物質過敏症の疾患概念について、かつても今でも認めていません。

さて、これらのツイートで、NATROMさんの主張は完全に破綻しました。
もともとはAMAらがMCSを支持していないからsuspectを使った、と言っていたのが、今度は主語が変わって臨床環境医がMCSを支持しているからsuspectを使ったという話になっちゃってます。
NATROMさん大丈夫ですか〜!話が正反対にすり替わってますよ!
主語を『臨床環境医の連中』にするならば、最初に挙げた引用部を始めNATROM氏の論旨はご破算です。一方、AMAを主語と取るなら、誤訳とAMAの肯定的姿勢を認めなくてはなりません。どっちにしても、詰んでいるのです。
まあ地の文ですから、主語はAMAで正しいのは後者でしょうね。やっぱりこの人、中学から英文読解をやり直した方がよさそうです。



この周辺の訳は以下に記してあるのでよかったらお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130912/p1

ちなみに、NATROMさんが反論と強弁するのがこちら。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130907#p1
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150214#p1

「おいおい、MCSと『主張されている』あるいは『疑われている』症例においては、だろう。そこ大事」。

おいおい、なんと”suspect”についてまた同じ間違いを繰り返しています。大丈夫かこの人。これは『文章を読めていない』『反論になっていない』というのですよ。
どうやら、NATROMさんはガチで”suspect”と”doubt”の違いが理解できないようです。彼がきちんと”suspectの意味と向き合えるようになるまでは、指摘し続けるしかありませんね。

ちなみに理屈を追ってみると、どうやら、過去に否定的だったのに、1994年に急に擁護的になるはずがない、といいたいように読めます。が、いやいや、そこにいたる経緯を知りたければ、当該文書にある参考文献を読むべきなんじゃないですか。
たとえば報告書の
MULTIPLE CHEMICAL SENSITIVITY (MCS)For the health professional:の項で引用されている文献、
Miller, Claudia S. "Chemical Sensitivity: History and Phenomenology". Conference on Low Level Exposure to Chemicals and Neurobiologic Sensitivity, Agency for Toxic Substances and Diseases Registry, Baltimore, MD, April 6-7, 1994.
*1

には1994年時点でのMCSに関する流れがよくまとまっています。もちろんこういう報告書は総合的な状況を勘案して書かれるもので、現在でも研究途上のMCSについて、当時状況を一変する画期的な発見があったわけではありません。
しかし、1994年報告書の少し前に、ある非常に示唆的な出来事があったことはきちんと記されています。

上記の1994年の報告書は米国環境保護EPAや米国医師会AMAといった複数の組織が合同で書いていますが、そのまさにEPA内部でMCSが発症していたことが、1991年頃に明らかにされたのです。
該当箇所を引用して一部訳してみましょう。

皮肉にも、数年前にEPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)は27000平方ヤードの新たなカーペット、塗装、改装スペースをワシントンDCのWaterside Mall本部に設え、MCSについて直接に学ぶ、ありがたくない機会を得ることとなった。改装後に約二百名の職員がシックハウス症候群を発症、さらにそのう ち数十名がMCSを発症したのだ。これらの職員は、改装前には何の問題もなかったたばこの煙、臭い、エンジン排気やその他の微量の曝露に耐えられなくなったと訴えた。*2何名かはもはや働き 続けられないと辞職した。何名かは職務を変えるか、新たな職務を得て在宅勤務となった。何名かは、EPA が提供するカーペット、消毒剤、芳香剤などを排除し、窓を開けて換気できる特別性のオフィスに移動した。

さて、これらの職員たちは、臨床環境医による謎の暗示によってMCSを発症したのでしょうか? もちろんEPAはそうは考えなかったわけです。
ここより、EPAはMCSに関するNAS( National Academy of Sciences:米国科学アカデミー)の会議への出資を行い、またEPA自身によるMCS研究にも乗り出すこととなります。

これらは1992年頃には進行中の事態だったでしょうから、たとえば1992年のAMAの文書にはまだ盛り込むことはできなかったのでしょう。
こういった経緯を踏まえた上で1994年の報告書を読めば、なぜEPAらがMCSや臨床環境医を否定できなくなったのかは、もはや明らかでしょう。
もちろん数十名のEPAの職員がMCSを発症したからと言って、その機序が一気に解明されるわけではありません。しかし、人生や生命を大きく左右する重篤な症状の患者を次々に目の当たりにした時、機序が明らかになるまでなにもしない、というわけにはいきません。
たとえば現在問題となっている子宮頸がんワクチン副反応について考えてみましょう。*3
副反応の機序については、いくつか示唆される報告はあるものの、まだまだ全容はわからない。新たな病気には治療法のエビデンスも当然ない。ではわかるまで放置する? 機序がわからないなら心因性にしてしまえばOK?
いいえ。人間の病気の解明というのは数十年、あるいはそれ以上かかっても不思議のないプロセスです。水俣病ですら、その機序はまだはっきりとはわかっていません。
そんな中で、もちろん、患者との信頼関係協力関係の中で慎重にですが、可能な範囲で症状を緩和する対処法を手探りででも進んでいかなくてはならない。それが医療というものです。NATROM氏はどうやらそこがまるでわかっていないようです。
EPAは身をもってそれを体験し、MCSの存在と複雑さや、臨床環境医も含めた多様な視点による取り組みの重要性に気づいたということでしょう。

さてNATROMさん、これで1994年の報告書が文章としても、歴史的経緯からも、MCSや臨床環境医を否定したり排除はしていないことがお分かりになったかと思います。

あなたが良心ある医師であるならば、2002年以来、もう12年以上も患者さん方を苦しめ続けている誤った言説について、誠意ある対応をなさったほうがよいのではないでしょうか?


参考:
ちなみに氏は英国の、またぞろ1994年の文献を持ち出してきています。何度もいいますが、もう少し新しい知見を追いましょうね。たとえば英国なら2000年にイギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)が報告書を出しています。
Multiple Chemical Sensitivity: Recognition and Management. A document on the health effects of everyday chemical exposures and their implications
http://www.bsem.org.uk/uploads/BSEM%20MCS%20Report.pdf
EXECUTIVE SUMMARYの4を見てみましょう。

The genuine nature of MCS has been recognized by officially commissioned reports from independent scientists in the USA and the UK, who have concluded that it is a valid diagnosis and a sometimes disabling condition, although all have stressed the need for further research.

MCSの本物の性質は、米国と英国とでそれぞれ独立した科学者らによる公式な報告書において認識されており、MCSが有効な診断であり、時に重篤な疾患であると結論しているが、すべてにおいてさらなる研究が必要だと強調されている。

そういうことですね。