菊池誠氏の危険なトンデモ医療記事について
豊洲市場の”俺の安全宣言”から思い出す、菊池誠(キクマコ)の「メルトダウンじゃないだす」発言と危険度矮小化作戦 - Togetter
先日は最低賃金に関するトンデモ見解で話題になった阪大教授、物理学者の菊池誠氏。
オルテガのいうところの、専門外について的外れな自信を持つ大衆としての科学者そのもので、ある意味感動的ですらあります。
ただし、阪大教授としての権威をもってデタラメを流布することは単なる笑い話ではすみません。特に、実際に患者や被害者のいる医療問題については非常に危険なものとなります。
福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(上) - 菊池誠|論座 - 朝日新聞社の言論サイト
福島の甲状腺検査は即刻中止すべきだ(下) - 菊池誠|論座 - 朝日新聞社の言論サイト
菊池氏の今回の二つの記事は残念ながらまともに資料すら検討されておらず、トンデモ医療記事としかいいようがないものです。朝日新聞『論座』はこういった無責任な記事を載せることの責任を問われるべきでしょう。
では、順に問題点を見ていきましょう。
まず(上)。
・甲状腺がんのように進行の遅いがん
はい、いきなりダウト。がんの中では比較的進行が遅いといわれているのは「成人の」甲状腺がんであり、子どもの甲状腺がんはそれと異なり進行が早いといわれています。
たとえばLancetの甲状腺がん総説を見てみましょう。
Thyroid carcinoma. - PubMed - NCBI
https://www.j-tajiri.or.jp/old/source/treatise/062/index.html(和訳版)
"小児の分化型甲状腺癌は甲状腺内に多発性に癌ができやすいこと、リンパ節転移しやすいこと、遠隔転移を起こしやすいという特徴のために、甲状腺全摘術、頸部リンパ節郭清、術後の放射性ヨード治療を行うことが勧められている。大人になって再発したり、病気が悪化する危険性が高いので、一生涯にわたる経過観察が正当化される。"
別の甲状腺専門誌の総説もあります。
Thyroid Carcinoma in Children and Adolescents—Systematic Review of the Literature
子どもの甲状腺がんについての総説和訳(抜粋) - 赤の女王とお茶を
”臨床像においては、いくつかの点において小児における病態は成人のものと大きく異なっている。”
”20歳以下においては、20〜50歳の患者よりも発見される腫瘍の体積が大きい傾向がある。”
”児童では甲状腺の体積が小さいためだろうが、カプセル状の被膜や周辺組織の発生が早い”
”児童の甲状腺がん患者では遠隔転移と同様に、頸部リンパ節への転移の割合が高い。”
”成人で使われているような微小がんの分類は、児童においては除外されるべきである。つまり、1cmのがんをこの年齢においては見つけるのはきわめて重要なことだといえる。”
菊池誠氏の認識はこの時点で破綻しており、あとの議論はすでにゴミといってよいでしょう。子どもの甲状腺がんに関する誤った知識は、患者さんを危険にさらします。菊池誠氏はもはや危険な医療デマゴーグです。
・38万人もの対象者の甲状腺を継続的に高精度エコーで調べるという前例のない大調査
チェルノブイリ事故後にも同様に大規模なエコー検査が行われています。そして菊池誠氏らは絶対に触れませんが、チェルノブイリでは非被曝・低被曝の子どもたち4万7千人あまりに対してもエコー検査が行われ、ここからは甲状腺がんは見つかっていません。つまり非被曝の対照群はとっくにあるわけです。被曝がなければ、子どもの甲状腺がんは極めて稀なものだという知見の通りです。
Fukushima Voice version 2: 岡山大学チーム原著論文に対する医師らの指摘・批判への、津田敏秀氏による回答集
エコー検査の精度が違う、という方もいますが、チェルノブイリ事故時被曝群からはすでに5mm程度のがんは多く発見されています。
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/80430.pdf
この基準は経過観察を推進している隈病院や伊藤病院でも同様で、隈病院の宮内医師も「腫瘍が1センチ超えていたり、リンパ節や肺に転移していたりと、手術は妥当。私が担当医でも手術をしました」と述べています。
https://jisin.jp/domestic/1623717/
すなわち、福島の検査がチェルノブイリと比べて高精度だからみつかっているわけではない、ということです。またこの基準は進行の遅い成人における「絶対的手術適応」なのであって、進行の早い子どもの場合にはむしろ遅い可能性すらあります。
というのも本邦の甲状腺がん治療の第一人者、清水一雄医師によると、1cm以下でリンパ節転移がない場合には内視鏡手術が可能であり、手術によるダメージを大きく減らすことができるといわれています。つまり、発見が遅れると内視鏡手術の選択を失う可能性が高くなるわけです。早期発見のメリットを否定する菊池誠氏は、患者さんからこういう選択を奪っているのです(発見が遅れることのリスクは他にも多々あります)。
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次に、甲状腺評価部会によるまとめに関しては、すでに患者家族の会から以下のような批判が出ています。
20190606福島県等への要望書 - 311kazokukai
”(1)資料図の信頼区間が、データ量から考えて小さすぎ、また、
結論付けることの問題が国際的に指摘されている。
(2)これまで部会で用いられてきた4地域区分や、学術論文で用
査分析の際の地域区分を用いておらず、連続性が失われている。
(3)個人の推定被ばく線量データがあるならば、個人線量に基づ
よいにも関わらず、新たな地域区分を導入し地域比較に終始してい
ご存知のように、宮崎・早野論文では不適切なデータ処理が指摘さ
不透明なデータを根拠とすることは、調査・研究の信頼性を根本か
これらの疑義について明らかにする見地から、以下A~Cを要望し
A データおよび計算方法の公開
B 従来の4地域および先行検査分析の際に用いた地域区分を用いた比
C 個人線量に基づいた比較”
牧野淳一郎氏のさらに詳細な指摘もあります。
http://jun-makino.sakura.ne.jp/Journal/journal-2019-06.html#1
どれも妥当な批判であり要望ですが、残念ながら今のところ部会はこれに答えることができていません。
そもそも、チェルノブイリ事故の際には甲状腺被曝量の実測が35万人規模で行われました。
一方福島では行政の妨害により、実測は1080人程度しかえられておらず、しかも被服をバックグラウンドに用いるという異常な方法によるものでした。また内部被曝は未だに評価されておらず、被曝量の不確実性は非常に大きいものとなっています。被曝量が小さいから甲状腺がんがでない、といえる根拠はありません。
個人の推定外部被曝量で検討した場合、被曝量が多いほど悪性率が高いという牧野淳一郎氏の指摘はあります。検討部会が個人ベースの比較をしない理由はこのあたりにあるのかもしれません。
レイジ on Twitter: "続き) 「実効線量推計値が1mSv超の人の悪性率は、1mSv未満の人の2倍以上になる。」… "
また甲状腺の結節については、避難地域では非避難地域より増加しているという報告が出ています。
・青森・山梨・長崎で行われた三県調査
この調査はサンプルサイズが小さすぎ、比較に使えないのは疫学者の渋谷健司氏らが述べている通りです。
”the sample size (4365) was too small to conclude that the prevalence of thyroid cancer in these three prefectures was different from that in Fukushima”
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(14)60909-0/fulltext
これを持ち出している時点で、菊池誠氏は疫学的な比較を理解できていないことがわかります。先に述べたチェルノブイリでの非被曝、低被曝群のことを隠していることからも、菊池誠氏が不誠実な論者であるといえるでしょう。
さてこのように、(上)だけでも菊池誠氏の危険なトンデモっぷりは明白なのですが、(下)もあるようなのでまた後日そちらも取り上げることにしたいと思います。