NATROM氏はどこで道をあやまったのか〜なぜ1994年報告書はMCS(化学物質過敏症)や臨床環境医を否定しなかったのか〜

さて間が空いてしまったので簡単におさらいしましょう。
まずNATROM氏によるこういった暴言

https://twitter.com/NATROM/status/344020644603764737
化学物質過敏症は臨床環境医によってつくられた「医原病」だと思う。

http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130704/p1
から始まり、いま議論しているのは、NATROM氏がMCS(化学物質過敏症)および臨床環境医を否定する根拠を述べている、2002年のこちらの文章に関してです。
http://natrom.sakura.ne.jp/consensus.html
https://megalodon.jp/2013-0808-1505-32/members.jcom.home.ne.jp/natrom/consensus.html

アメリカ医師会らの報告書は臨床環境医学の主張するような多種化学物質過敏症の概念を支持しているわけではありません。だから、claimed(〜と主張されている)やsuspected(〜だと疑われている)という表現になっているのです。(強調は引用者による)

ここでNATROM氏は、EPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)や米国医師会(AMA:The American Medical Association)が出している以下の報告書が、MCSや臨床環境医を否定的に書いていると主張しています。
Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals
https://www.epa.gov/indoor-air-quality-iaq/indoor-air-pollution-introduction-health-professionals-printable-version

しかし一読してわかるように、NATROM氏は、”suspect”の意味を正反対に受け取ってしまっています。おそらく、 ”suspect”と ”doubt”とを混同しているのでしょう。和訳するとどちらも「疑う」と訳すことがありますが、実は意味は正反対で、”suspectは「〜であると考える」、”doubt”は「〜ではないと考える」なのです。
こちらがわかりやすいですね。
http://eigoism.jp/vocab-iqtest-01

次の単語も誤解が多いものです。
suspect「〜かどうか疑わしい」という意味ではありません。「おそらく〜に間違いない」の意味です。
I suspect she knows him.
彼女なら彼を知っていることはほぼ間違いない。

つまり、”suspect”を使っているということはNATROM氏の読みとは逆に、「おそらくMCSに間違いない」の意味なのです。
基本単語レベルの間違いということですね。
そもそも、”claim”や”suspect”は、医療において主訴や症状を記載したり、臨床推論したりする際に普通に使われる単語です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/?term=Medical+Claim
https://www.kango-roo.com/word/4396
上のリンクにあるように”suspect”は「〜病であるだろう」の意味でカルテで使われる基本語であり、「〜病」を支持してないなんてことはないのです。
たとえばこちらは細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別表ですが、「非定型肺炎疑い」「細菌性肺炎疑い」というのはそれぞれ「非定型肺炎であると判断する」「細菌性肺炎であると判断する」という意味であって、否定で読んでしまったら大惨事です。

http://www.osaka-med.ac.jp/deps/in1/res/memo/infection/cap/Cap2005JRS/AtypicalTable.html

英語でも同じですね。WHOのこちらの文書には”Antibiotic treatment for suspected pneumonia”とありますが、WHOはpneumonia(肺炎)を否定しているからsuspectedを使っているのでしょうか? んなわけはないですね。これは『肺炎疑いに対する抗菌剤治療』のことです。NATROM氏はこれも読めないということになります。
http://www.searo.who.int/entity/health_situation_trends/data/chi/treatment-for-pneumonia/en/

NATROM氏が医師であるなら、”suspect””疑い”をずっと正反対に読んできたというのはなかなかのホラーですね。
つまり

The current consensus is that in cases of claimed or suspected MCS, complaints should not be dismissed as psychogenic, and a thorough workup is essential.

という文は

MCSとの主訴がある、あるいはMCSである可能性が高い場合、それらの主張を精神的なものとして却下するべきでなく、包括的な検査をすることが不可欠である、というのが現在のコンセンサスである。

であって、MCSを認めたうえで、むしろ安易に心因性とすべきではないと勧告しているのです。

その後

https://twitter.com/NATROM/status/845420144482443264

「臨床環境医の連中が『この患者はおそらくMCSに間違いないsuspect』と言っている患者を診たときには、心因性だけじゃなく、アレルギーやら内分泌疾患やらの可能性も考えろよ」ってAMAは言ってんです

https://twitter.com/NATROM/status/978072812098211840

そりゃ、ホメオパシーを使っているような臨床環境医は肯定的意味で「〜病疑いsuspect」という言葉を使うでしょうよ。しかし、アメリカ医師会を初めととするまともな医学者団体は多発性化学物質過敏症の疾患概念について、かつても今でも認めていません。

さて、これらのツイートで、NATROMさんの主張は完全に破綻しました。
もともとはAMAらがMCSを支持していないからsuspectを使った、と言っていたのが、今度は主語が変わって臨床環境医がMCSを支持しているからsuspectを使ったという話になっちゃってます。
NATROMさん大丈夫ですか〜!話が正反対にすり替わってますよ!
主語を『臨床環境医の連中』にするならば、最初に挙げた引用部を始めNATROM氏の論旨はご破算です。一方、AMAを主語と取るなら、誤訳とAMAの肯定的姿勢を認めなくてはなりません。どっちにしても、詰んでいるのです。
まあ地の文ですから、主語はAMAで正しいのは後者でしょうね。やっぱりこの人、中学から英文読解をやり直した方がよさそうです。



この周辺の訳は以下に記してあるのでよかったらお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130912/p1

ちなみに、NATROMさんが反論と強弁するのがこちら。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130907#p1
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150214#p1

「おいおい、MCSと『主張されている』あるいは『疑われている』症例においては、だろう。そこ大事」。

おいおい、なんと”suspect”についてまた同じ間違いを繰り返しています。大丈夫かこの人。これは『文章を読めていない』『反論になっていない』というのですよ。
どうやら、NATROMさんはガチで”suspect”と”doubt”の違いが理解できないようです。彼がきちんと”suspectの意味と向き合えるようになるまでは、指摘し続けるしかありませんね。

ちなみに理屈を追ってみると、どうやら、過去に否定的だったのに、1994年に急に擁護的になるはずがない、といいたいように読めます。が、いやいや、そこにいたる経緯を知りたければ、当該文書にある参考文献を読むべきなんじゃないですか。
たとえば報告書の
MULTIPLE CHEMICAL SENSITIVITY (MCS)For the health professional:の項で引用されている文献、
Miller, Claudia S. "Chemical Sensitivity: History and Phenomenology". Conference on Low Level Exposure to Chemicals and Neurobiologic Sensitivity, Agency for Toxic Substances and Diseases Registry, Baltimore, MD, April 6-7, 1994.
*1

には1994年時点でのMCSに関する流れがよくまとまっています。もちろんこういう報告書は総合的な状況を勘案して書かれるもので、現在でも研究途上のMCSについて、当時状況を一変する画期的な発見があったわけではありません。
しかし、1994年報告書の少し前に、ある非常に示唆的な出来事があったことはきちんと記されています。

上記の1994年の報告書は米国環境保護EPAや米国医師会AMAといった複数の組織が合同で書いていますが、そのまさにEPA内部でMCSが発症していたことが、1991年頃に明らかにされたのです。
該当箇所を引用して一部訳してみましょう。

皮肉にも、数年前にEPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)は27000平方ヤードの新たなカーペット、塗装、改装スペースをワシントンDCのWaterside Mall本部に設え、MCSについて直接に学ぶ、ありがたくない機会を得ることとなった。改装後に約二百名の職員がシックハウス症候群を発症、さらにそのう ち数十名がMCSを発症したのだ。これらの職員は、改装前には何の問題もなかったたばこの煙、臭い、エンジン排気やその他の微量の曝露に耐えられなくなったと訴えた。*2何名かはもはや働き 続けられないと辞職した。何名かは職務を変えるか、新たな職務を得て在宅勤務となった。何名かは、EPA が提供するカーペット、消毒剤、芳香剤などを排除し、窓を開けて換気できる特別性のオフィスに移動した。

さて、これらの職員たちは、臨床環境医による謎の暗示によってMCSを発症したのでしょうか? もちろんEPAはそうは考えなかったわけです。
ここより、EPAはMCSに関するNAS( National Academy of Sciences:米国科学アカデミー)の会議への出資を行い、またEPA自身によるMCS研究にも乗り出すこととなります。

これらは1992年頃には進行中の事態だったでしょうから、たとえば1992年のAMAの文書にはまだ盛り込むことはできなかったのでしょう。
こういった経緯を踏まえた上で1994年の報告書を読めば、なぜEPAらがMCSや臨床環境医を否定できなくなったのかは、もはや明らかでしょう。
もちろん数十名のEPAの職員がMCSを発症したからと言って、その機序が一気に解明されるわけではありません。しかし、人生や生命を大きく左右する重篤な症状の患者を次々に目の当たりにした時、機序が明らかになるまでなにもしない、というわけにはいきません。
たとえば現在問題となっている子宮頸がんワクチン副反応について考えてみましょう。*3
副反応の機序については、いくつか示唆される報告はあるものの、まだまだ全容はわからない。新たな病気には治療法のエビデンスも当然ない。ではわかるまで放置する? 機序がわからないなら心因性にしてしまえばOK?
いいえ。人間の病気の解明というのは数十年、あるいはそれ以上かかっても不思議のないプロセスです。水俣病ですら、その機序はまだはっきりとはわかっていません。
そんな中で、もちろん、患者との信頼関係協力関係の中で慎重にですが、可能な範囲で症状を緩和する対処法を手探りででも進んでいかなくてはならない。それが医療というものです。NATROM氏はどうやらそこがまるでわかっていないようです。
EPAは身をもってそれを体験し、MCSの存在と複雑さや、臨床環境医も含めた多様な視点による取り組みの重要性に気づいたということでしょう。

さてNATROMさん、これで1994年の報告書が文章としても、歴史的経緯からも、MCSや臨床環境医を否定したり排除はしていないことがお分かりになったかと思います。

あなたが良心ある医師であるならば、2002年以来、もう12年以上も患者さん方を苦しめ続けている誤った言説について、誠意ある対応をなさったほうがよいのではないでしょうか?


参考:
ちなみに氏は英国の、またぞろ1994年の文献を持ち出してきています。何度もいいますが、もう少し新しい知見を追いましょうね。たとえば英国なら2000年にイギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)が報告書を出しています。
Multiple Chemical Sensitivity: Recognition and Management. A document on the health effects of everyday chemical exposures and their implications
http://www.bsem.org.uk/uploads/BSEM%20MCS%20Report.pdf
EXECUTIVE SUMMARYの4を見てみましょう。

The genuine nature of MCS has been recognized by officially commissioned reports from independent scientists in the USA and the UK, who have concluded that it is a valid diagnosis and a sometimes disabling condition, although all have stressed the need for further research.

MCSの本物の性質は、米国と英国とでそれぞれ独立した科学者らによる公式な報告書において認識されており、MCSが有効な診断であり、時に重篤な疾患であると結論しているが、すべてにおいてさらなる研究が必要だと強調されている。

そういうことですね。