続・NATROM氏『化学物質過敏症は臨床環境医のつくった「医原病」だと思う』等について

承前。http://d.hatena.ne.jp/sivad/20130704/p1
さて、先日のエントリにご自身のも含めいくつか反応をいただきました。ところが、それらにはいずれも、きわめて奇妙なある性質が共通しておりました。
なんと、わざわざタイトルにも入れ、リンクもしておいたにもかかわらず、主題である件のまとめにおけるNATROM氏の発言そのものを、誰も論じていないのです!
じつに不思議な現象です。某大阪市長の名が脳裏をよぎりましたが、気のせいでしょう。まあ、そういう姑息なことをなさるのであれば、再度明示しておきましょう。
私が問題にしているのは、こちらのまとめの文脈における、
NATROM氏の主張『化学物質過敏症は臨床環境医によってつくられた「医原病」だと思う』への批判
http://togetter.com/li/517251
以下に代表されるような発言群に関してです。

https://twitter.com/NATROM/status/343369547455270912
化学物質過敏症患者が反応する対象は患者の恣意によって左右されている」というのは、たとえば、「放射能」を不安に思う人が瓦礫焼却に対して「反応」する一方で、瓦礫受け入れに賛成する人には反応しなかったりすることを指します。
https://twitter.com/NATROM/status/344017514835095554
臨床環境医たちが厳しい診断基準を作らなかった理由を、「顧客が減るから」だと私は推測する。連中は患者のことなんて考えてないよ。不安を煽って顧客が増えればそれでよかったのだろう。
https://twitter.com/NATROM/status/344020644603764737
化学物質過敏症は臨床環境医によってつくられた「医原病」だと思う。
https://twitter.com/NATROM/status/343387391605735426
香り付き柔軟剤で調子が悪くなる人がいるのはよくわかる。しかし、「ドアを開けると放射性物質が入ってくるのが感じられる」とか「3m先の野菜の残留農薬に反応する」とかはわからない。柔軟剤で調子が悪くなる人も、一緒にされたくないでしょ?

あらためてひどいですね。
これらは化学物質過敏症が多様で不確定だとか、精神症状が含まれるとか、そういうところを大きく踏み越えているのは明白です。
説明なさるのであれば、これら具体的な発言群に対しての具体的な説明をしてください。


ところで、NATROM氏は「臨床医のほとんどが参考にする」、として、UpToDateをあげておられます。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20130711#p1
もちろん一つの情報として利用するのはよいのですが、これを「確立した知見」だとか、「包括的なレヴュー」としてみるのは大きなまちがいなので、読者諸氏には十分ご注意されたいと思います。
http://blog.goo.ne.jp/druchino/e/8fef82753f90fb761be1e5cb1917e57e

・UpToDate(的なもの)
病気Xについて、いくつかの根拠を提示して、言いきっている。
ただし、執筆者は一人(か少数)のため、個人の意見が強く反映される。

こちらにあるように、情報源にはUpToDate、Narrative review、Systematic review、ガイドラインなど、いろいろな種類がありますが、その中でもUpToDateはもっとも包括度を欠いたもので、基本的には「ある分野のある医師の見解」を紹介したものです。
個々の事実関係に関してまちがいと決めつける必要はないですが、情報の選択およびディスカッションにおいては、個人のバイアスが最も強い情報源として考えましょう。ひとつの立場として参考にするのはかまいませんが、鵜呑みにしていいものではありません。
紹介のUpToDateは精神科医が書いたもののようですから、その精神科医の立場をあらわしたものではありますが、包括度やバランス、バイアスの排除を考えれば、ひとつのUpToDateよりは豪政府の包括的レポートの方が科学的な情報源としてははるかに信頼がおけるといえましょう。
とはいえ一般論として、化学物質過敏症を軽くみて安易な介入をすべきではない、というのはその通りでしょう。
たとえば、医師の立場で、化学物質過敏症の実際の研究にも診療にも携わっていないにもかかわらず、患者に対しての負荷試験を安易に外野から求めたり、上に見られるような与太を患者に飛ばしたり、医療者としていったいどのように正当化されるのか、ちょっと私には理解できません。


先の豪政府レポートの心理的影響の項のまとめには、このようにあります。

Despite evidence of psychological predispositions and psychiatric comorbidity in MCS, an important question is the extent to which these are the cause or an effect of an individual’s MCS condition. The lack of evidence for a physiological cause for MCS should not be interpreted as indicating support for a primarily psychiatric explanation.
http://www.nicnas.gov.au/__data/assets/pdf_file/0005/4946/MCS_Final_Report_Nov_2010_PDF.pdf
化学物質過敏症には精神的影響の傾向や精神的な合併症があるが、重要なのはそれらが原因なのか、結果なのか、という問題である。化学物質過敏症において生理的エビデンスが不足しているということを、心理的な説明が第一であるかのように解釈すべきではない。

実際、いわゆる「臨床環境医」として治療に当たっている宮田幹夫氏自身、精神的な影響や精神的なケアを各所で述べています。しかしそれはたとえば、ぜんそく患者が映画のぜんそくのシーンをみて苦しくなってしまうように、ある過敏症を持った患者が、そのつらい発作の記憶のために、似たような状況や臭いにまで反応してしまうようになる、というようなことであって、「心因性」とはいっても『環境医が金のために不安を煽って〜』のような類とはまったく異なります。
http://www.motheru.jp/kakeru03.html
NATROM氏の発言群は、患者をそういったまともなケアから遠ざけるものです。
NATROM氏はツイッター上で実際の患者さんともやり取りしているようですが、その患者さんの受けている診断や治療が誤りだというのであれば、具体的にどういう診断や治療が正しいのか伝え、それを自身で行うなり、それができる医師を紹介するなりすべきでしょう。
浅薄な根拠による発言で患者を不快にさせ、差別的に分断させ、主治医や専門的なケアから遠ざけようとする。氏がやっているのはそういうことです。
ドイツでは、化学物質過敏症を精神病とみなすことは差別である、とされているそうですが、氏がやっていることをみれば、これにも十分うなづけます。
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/Germany/mcs_Germany_CSN_Blog.html


また、NATROM氏はご自身の見解は内科学会でも共有されているニュアンスでおっしゃっているようですが、上に書いたように、精神科医の書いたひとつのUpToDateを学会の見解にするようなことはまずありえないでしょうし、実際に日本内科学会に電話したという方もおられて、NATROM氏見解の否定を受け取っているようです。この点に関して私が再度問い合わせてみてもよいですが、ぜひご自身ではっきりさせていただきたいと思います。
http://aoiazuma.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/natrom-3571.html