5分でわかるドーキンスvsグールド

ドーキンス VS グールド (ちくま学芸文庫)

ドーキンス VS グールド (ちくま学芸文庫)

久しぶりに再読。やはり面白いです。
せっかくなんで生物学界の二大プレゼンテーター、リチャード・ドーキンスと故スティーブン・J・グールドの生物進化観と、その論争について簡単にまとめてみましょう。
「利己的遺伝子」ドーキンス
「断続平衡説」のグールド。
なんといっても二人を特徴付けるのはこれらの斬新なキャッチフレーズでしょう。
しかし同時に多くの誤解を生んだのもこの言葉たち。まずこの2つのフレーズについて、よくある誤解と正しい理解をチェックしておきましょう。
・利己的遺伝子
あまりにも有名なこのフレーズ。「ミーム」と並んで、ドーキンスのコピーライターとしての才能が抜群に効いています。そしてであるが故に、誤解も多い。
最も陥りやすいのが、「遺伝子によって人や生物が利己的に行動する」という誤読
そういうケースがないとはいいませんが、「利己的遺伝子」というフレーズが意味するところは別なのです。
このキラーワードが意味するのは、

遺伝子は、遺伝子それ自体の存続を最優先させる*1。たとえそれが人間や生物個体の利益と反する場合でも、遺伝子自体の存続や拡散が優先される*2

遺伝子自体が複製と存続の単位であり、遺伝子自体が利己的なのです。極論すれば、もし人間の中のある遺伝子が、人間を滅ぼすことでトクをするのならば、その遺伝子はそうするであろう、というのが「利己的遺伝子」によるアジテーションなのです*3

・断続平衡説
グールドは古生物学者でした。化石に興味のある方なら、化石として見つかる動物の多くに「ミッシング・リンク」があり、「中間形態」が見当たらないことをご存知だと思います。
もちろんそうそう都合よく何でも化石になってくれるわけではないのですが、カンブリア爆発、そして恐竜の大絶滅と、あまりにも「不連続」な痕跡が多い。
ダーウィニズムの基本である突然変異と淘汰は小さな変化の蓄積であり、こういった不連続性はおかしいのではないか?
その説明としてグールドが唱えたのが「断続平衡説」で、

進化には比較的速度の遅い漸進期と、急激な進化の起こる突発期がある

というもの。
第一の誤解。
ここでいう「急激」はあくまで古生物学的な「急激」であって、少なくとも数万年はみています。決して10年や100年ぽっちでどうのといっているわけではないのです。比較的「速い」とはいっても、変異と淘汰の範囲において「速い」ということで、ダーウィン進化を否定しているわけではない。
第二の誤解。
これら進化のパターンや生物の形、性質に「自然淘汰だけでは説明できないことがある」とグールドは言いますが、それは「不思議なチカラ」や「ナゾの知性」を意味するものでは全くない。
グールドは、実際の進化過程には偶然や過去からのつながりが作用していて、それは必ずしも「適応」で説明できるものではない、といっているのです。
・ではドーキンスとグールドの対立点とは?
実際のところ、ダーウィニズムにおいて両者に決定的な対立点はありません。どちらかというと、一種の「湯加減論争」に近い。
ドーキンスは、進化の「基本メカニズム」に徹底的にこだわります。進化という現象論理的に説明できること。彼が伝えたいのはコレであり、単純な原理で複雑な世界を説明できる科学の凄さを過剰なまでのレトリックで表現します。
対して、グールドは進化の「歴史」に重きを置きます。基本メカニズムを否定するわけではないが、実際の物事はノイズだらけだし、ノイズが時に重要だったりもするよ、ということです。断続平衡説も字面はいかめしいですが、言っていることは単純。安定した環境下では、適応は進むがある時点で平衡に達する。その状態では生物はほとんど変化しないが、環境は時に激変し、生物は平衡を破って急激に進化する*4。これが進化パターンの緩急を生むわけです。
つまり、語っているレイヤーが違う。
ドーキンスは、ある企業、製品、人物が成功した理由を社会条件や経済と絡めて論理的に解き明かす。
グールドはその上で、人生・運命を変えたちょっとした出会いや別れ、タッチの差で明暗を分けた出来事などに興味がある。
グールドは2002年に惜しくも亡くなってしまいましたが、今度はドーキンスがそれを補うように生命の「歴史」についての仕事を始めています*5
おそらく二人はお互いの立場を分かったうえで、それぞれの「役割」を演じていた部分もあるのでしょう。確かに二人の論争は大きな注目を集めましたが、こういう対立型アジテーションの副作用で、本来補い合うはずの言説が対立されたまま沢山の誤解を生み出してしまった。
グールド亡き今、ドーキンスの剃刀のような知性がいかに二人の言葉を止揚していくのか。
二人のミームが淘汰しあうのではなく、融合し「進化」することを期待しています。


関連:進化論が科学であり、ID論が科学でない理由

*1:(ように振舞ってきた)

*2:(ように振舞ってきた)

*3:グールドは、ドーキンスのレトリックがあまりに単一遺伝子を強調していることを問題視する。遺伝子は通常複数で機能するし、個体や集団といったレベルで初めて形質を発揮する。

*4:環境激変時にはそれまでの適応がご破算になり、生き残りに偶然の占める割合が大きくなる。

*5:祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上