「巨人の肩」はどこまでも

一流の研究者とのお別れ

「もし私が他の人よりも遠くを見ているとしたら、それは巨人の肩の上に立っているからだ」

科学の先人達による膨大な蓄積と科学者の謙虚な姿勢を表現する有名なこの言葉。
Google scholarにも使われてますね。
これの出典としてはかのニュートンがよく知られています。皮肉屋のニュートンもたまにはいいこと言うんだなぁと感心してしまいそうですが、なかなかどうして、やっぱり一筋縄ではいかない男。
この言葉は論争相手のロバート・フックに対して書かれた手紙の中にあるらしいのですが、実はフックは子供の頃の病気が原因で非常に背が低かったとか。
ニュートンはきっちりそれを当てこすり、「巨人」の部分を特に強調していたそうです。
黒いなぁ。
・・で、私もてっきりこの格言はニュートン由来かと思っていました。ところが一応Google先生に伺ってみたところ、どうもそれよりはるかに古〜い言葉だったようです。
青木薫氏のこのページに詳しいのですが、その起源は中世12世紀フランスの学者、シャルトルのベルナールにあるのだとか*1
こちらのページでは、それ以来どれだけの書に引用されてきたかを追っているのですが、壮観です。

c.112E BERNARD OF CHARTRES
12th century John of Salisbury
c.1150-1200 Alexander Neckman
1180 Peter of Blois
c.1190 Alan (of Lille? of Tewksbury?)
13th century Henricus Brito
13th century Isaiah ben Mali of Trani
c.1280 Zedekiah ben Abraham 'anav
1306-20 Henri de Mondeville
1363 Gui de Chauliac
1531 Johannes Ludovicus Vives
1574 Azariah de Rossi
1578 DIDUCS STELLA
1581 Alexandre Dionyse
1601 Francois Martel
1605 Josephus Quercetanus
1616 Godfrey Goodman
1621 Nathanael Carpenter
1624 ROBERT BURTON
c.1625 John Donne?
1627 George Hakewill
1634 Merin Mersenne
1642 Thomas Fuller
1649 John Hall
1651 Alexander Ross
1665 Merchamount Nedham
1667 Thomas Sprat
1676 ISAAC NEWTON
1690 Sir William Temple
1692 Sir Thomas Pope Blount
1705 William Wotton
1812 Samuel Taylor Coleridge
1865 Claude Bernard
1868 John Stuart Mille
1874 Friedrich Engels
1901 Sir Michael Foster
1902 Theodor Gomperz
1905 Charles Sanders Peirce
1931 Frank Harris
1931 Nikolai Ivanovich Bukharin
1942 Robert K. Merton
1954 Howard Becker
1955 George Sarton
1959 David Zeaman
1960 Herman Ausubel
1961 Gerald Holton
timeless SIGMUND FREUD

ぐぉぉ。
こういうのを見ると西洋科学の厚みというか、科学というものが連綿たる「千年の営み」であるということを思い知らされますね。
そして必ずしもこの言葉は科学者自身の謙虚を示すだけではなく、むしろ肩の上の「小人」を揶揄する時にも有効なキメ台詞だったみたいです。「虎の威を借る狐」、いやむしろ「ドラえもんの威を借るのび太」的な用法でしょうか。
どちらの意味にとるにしても、後ろを振り向けばズラ〜〜〜ッと並んだ歴戦の科学者達。そういった歴史を背負って科学に立ち向かう気分は素晴らしいだろうなぁ。
目の前に材料があればとりあえず「研究」は出来ますが、やっぱり「科学の歴史」は重い。生命もそうですが、それは単にメカニズムの問題だけでなく、「歴史」をも内包しているように思います。
科学史は批判と論戦の歴史でもありますから単に出来事をなぞるだけでは意味を成しませんが、きっちりやれば必ず科学的思考の醸成につながりますし、西洋の思考ルーチンを学ぶことにもなります。
ぜひとも理科教育の一柱に加えて欲しいもんです。

*1:もっと遡れば、6世紀のプリスキアヌスまでいけるかもしれないとか。。