意志とオプティミズムだけでは足りない
悲観主義とオプティミズム
非常によく分かりますね。
研究という仕事にも常に一定の楽観主義・オプティミズムが必要だからです。
基礎研究というのは「これまで誰もやっていないこと」しか「成果」になりませんから、いつも試行錯誤、苦労してやってもまともな結果になるかどうか分かりませんし、ライバルに先を越されれば努力も水の泡です。
それでも、何か新しい発見があると信じてやるしかありません。こういう仕事は、少なくとも感情面ではオプティミストでなければやっていけません。
ただ、そういう姿勢はすごく正しいとは思うのですが、それに拠りかかり過ぎると一種の「精神論」に陥ってしまいます。
現在の日本の研究業界はまさにソレで、若手の意志やオプティミズムに依存した結果、それらを補完するシステムの構築を怠ってしまい、ほとんど機能不全に陥りかけています。
オプティミズムというものは、それを支えるシステムがあって初めて有効に機能します。
かわぐちかいじ氏の傑作「沈黙の艦隊」で、主人公海江田四郎はかつての同僚深町に「楽観主義者」と評されます。
まあ原潜一艦で独立国家を名乗ったり、アメリカ相手に世界政府やら核廃絶を目指すのですからそりゃあ究極の「オプティミスト」でしょう。
海江田四郎の意志の力は何度読んでも素晴らしい。感動します。作中でもその強烈な意志に感化され、日本の政治家を初め、他国の軍人や果ては合衆国大統領ベネットまでが「オプティマイズ」されて行きます。
ここで重要なのは、海江田四郎を初め、誰もが「システム」を語り、「システム」の構築に向かうことです。
有史以来人類の大半は戦争に反対であるのに、何故戦争を止められないのか。それはそういう「システム」がないからである。意志だけでは足りないのです。
海江田は「沈黙の艦隊システムによる核廃絶」を。大滝議員は「やまと保険」を。ベネットは「隣国不可侵条約と世界政府」を。
「独立せよ」という海江田のラストメッセージの通り、個々の自立した意志が最重要なのは言うまでもないのですが、それはそれを支える「システム」があってこそなのです。
先日アメリカのProject2061を紹介しましたが、コレだって相当な「楽観主義」がなければやろうと思いませんよね。76年かけて全国民の科学力を上げよう、なんてスケールが違う。
しかしそれを立ち上げることの出来る土台なりネットワークがそこにはあった。
この点が「意志」と「システム」を兼ね備えたアメリカの強さなのではないかなと思います。
「精神論」から「独立せよ」。
ペシミズムもオプティミズムも結構なのですが、各界のリーダーからはもう少し具体的な仕組みの話が聞きたい今日この頃ですね。