衝心性脚気とやらについて少し調べてみた

偽科学発見テスト
やる夫で学ぶ脚気論争
この辺の話からの流れではあるけれど、偽ニセ科学論争自体には興味ありません。最初からまるで定義の違う言葉同士*1をぶつけ合っていて、それが判明し、かつ統一定義を使わない時点で議論としては終了していると思われますので。
いわゆる「脚気」に関しては、NATROMさん始め、いろんなところに一般的な解説があるかと思います。気になるのは議論に出てきた「衝心性脚気」という聞きなれないコトバ。
finalventさんによると、

脚気原因については、中毒説を発展させたカビ毒説が存在します。
心臓障害による致死性の高い衝心性脚気がカビ毒によって発生することは証明され、国際機関で認知されています(例えば、FAO文書、"Mycotoxin prevention and control in foodgrains")。また、その仕組みは毒性によるものです。

とのこと。
リンク先の文書を読んでみると、確かに

Acute cardiac beriberi
Another human mycotoxicosis of significance, acute cardiac beriberi was a common disease in Japan, especially in the second half of last century. This disease is characterised by difficulties with breathing, nausea and vomiting, and after 2 to 3 days, severe pain and distress. Progressive paralysis may lead to respiratory failure and death.
Beriberi is the general name for vitamin deficiencies resulting from the consumption of polished rice. Careful work by Uraguchi (1971) showed that acute cardiac beriberi may not be a vitamin deficiency, but a toxicosis. In 1910 the incidence of acute cardiac beriberi suddenly decreased in Japan: Uraguchi points out that this coincided with implementation of a government inspection scheme which dramatically reduced the sale of mouldy rice. The incidence of true beriberi, resulting from the consumption of polished rice, was unaffected. It is notable that victims of this acute cardiac beriberi were often young healthy adults.
Acute cardiac beriberi is caused by citreoviridin, a mycotoxin produced by the comparatively rare species, Penicillium citreonigrum. Although it no longer occurs in Japan, there is no proof that acute cardiac beriberi does not still exist in some other part of Asia.

とある。beriberiってのは脚気のことですね。で、Acute cardiac beriberiは急性衝心性脚気と。
結構普通に書かれてあって驚いたんですが、特に第二段落では

脚気は米の汚染から生じるビタミン不足に対する一般的名称であった。ウラグチらの注意深い研究により、急性衝心性脚気はビタミン不足ではなく、毒性によるものである可能性が示された。1910年に日本の急性衝心性脚気は突然、急速な沈静化をみた。ウラグチは、これは政府が検査を行い、カビ米の販売を激減させたことと一致する、と指摘している。真性の、すなわち精米の摂食による脚気の発生率は影響されなかった。この急性衝心性脚気の犠牲者はしばしば若く健康な成人であったことは注目に価する。

ふぅ〜ん…。
確かに、「真性の脚気」と「急性衝心性脚気」は区別されていますね。この分野は詳しくないのでこれがどのくらい信憑性があるのかは明言できませんが、まあFAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations:国際連合食糧農業機関)の文書なんでそれほど荒唐無稽でもないかと思います。
日本語の文章を探してみると、薬史学雑誌という学術誌に2004年、”Safety of rice grains and mycotoxins - a historical review of yellow rice mycotoxicoses”なるレビューがあって、

In 1891, Sakaki demonstrated that moldy, unpolished rice was fatal to experimental animals, with symptoms indicating paralysis of the central nervous system (Shoshin-kakke).

1891年、サカキはカビた玄米が実験動物に対して中枢神経麻痺性の症状(衝心性脚気)を生じ、死に到らしめることを証明した。

という記述があるようです。残念ながら本文は読めませんでした。
ただいずれにおいても、表現上、断定は注意深く避けられています。歴史の問題ということでしょうかね。内容的にはほぼ妥当性を結論しているようですが。
もう一つ、薬史学的なレビューは見つかるんですが、現在進行形でマイコトキシンと急性衝心性脚気を追っている論文がほとんど見つからないんですよね。これは不思議。現在では既に研究を必要とするテーマではないということでしょうか。
ちょっとすると陰謀論的になりそうですが、これは確かに面白い話ですな。むろん断定はできませんが、それなりに根拠もあるし。finalventさんも変な煽りをいれずに書けばもっと生産的な議論になったんじゃないかなぁ。らしいといえばらしいところですが。
おそらくは医療・公衆衛生的にすでに対策が確定しているため研究費は降りにくいし、細かな歴史の寝た子は起こさない、という可能性が高いかな。でも忘れた頃いつの間にやら教科書の記述が微妙に変わっていることもないこともないかも?
追記
ちなみにGoogle scholarで調べるとこんな感じ。
最近の本だとこういうのがあった

補足エントリ。

*1:偽科学vsニセ科学。翁のはどうも正史偽史といった意味の偽に見える。ニセの方はきくちさん定義。いずれも一般的な定義が確立しているとはいえない。