アメリカは「セイフティネットを自前で用意する社会」である

安倍総理への提案:「人生のやり直し」に寛容な社会作りをしませんか?
人生をやり直すのはあなた?それとも総理?
dan氏は「他人の人生にちょっかいを出さない社会」と表現しましたが、実際には「セイフティネットを自前で用意する社会」といった方がよいでしょう。
それは人脈であったり、宗教であったり、学閥であったり、組合であったり、NPOであったりして、あまりにも多様であるがゆえに「画一的な縛りがない」ように見えるし、そういった縛りを排除する力学が働くのです。
つまりいってみればアメリカは日本とは比べ物にならないほどの「利益団体社会」であり、むしろ「多様な利益団体の集合体」こそが「アメリカ」だと考えるべきなのかもしれません。そしてそれらのセイフティネットを形成できなかった人たちはどうしようもない下流に追い込まれてしまう*1
しかし逆に、十分な数の利益団体が競争状態にあるため、日本のように寡占や独占が生じにくく、かえって市場に似た集合知的状況を生み出していることが強みになっているといっていいのではないかと思います*2
つまりアメリカ型を目指すならばまず、多様な利益団体が多数成立し切磋琢磨する社会を作る必要があるわけです*3。団体アレルギーの強い世代の方には残念なお知らせですが、そうならなければ一部利益団体の寡占が一層進むだけになるでしょう。essaさんは利権が無い文化を育てれば日本は生き残れると書いていますが、むしろ逆なのです。
まあアメリカを目指さないにしても日本の現状が良いとは思えませんし、年齢差別の禁止と新卒制度の緩和、奨学金の「大」充実は今後必須であるとは考えています。


追記essaさんからTBをいただきました。

つまり、欧米では「公」の目的の添って「私」の優先順位をつけるし、「私」の目的実現がどのように「公」につながっているかのアカウンタビリティを保とうとする。日本では、「私」をゴリ押しする為だけに「公」の大義名分が存在していて、それは、他の利権団体の「私」以外に有効な抑止力を持ってないようなケースが多い。

これはまさに、利益団体の寡占独占が生み出した失敗だと思います。「公」って誰が決めるんでしょう。政府?マスコミ?ネット?
「公」は上から降ってくるものではないし、「私」と単純に区別できるものでもない。それは沢山の「私」のぶつかり合いの中からおのずと立ち上る一種の紳士協定であり、ルールです。多数の「私」による積集合が「公」になるのです。まあ唯一常に正当化される「公」があるとすれば、そういうぶつかり合い自体を阻害してはならない、ということになるでしょう。
向いているかどうかはともかく、日本が今トップダウンで否応なくアメリカ化してきている以上、ある程度こういった対策をとらなければ一層の独占が進むだけです。まあこの辺、私がessaさんに感じる社会観の古さなのですが、世代を考えれば致し方ないことなのでしょう*4*5
ちなみにドラッカーによると、日本ではこれまで企業が終身雇用という枠組みでセイフティネットを張っており、欧米型利益団体社会のオルタナティブだったということです。企業がその任を降りた以上、社会はある程度欧米型を取り入れるか、それともベーシックインカムなどのウルトラCを編み出すかしかないのでしょうね*6

*1:マイケル・ムーアの「Sicko」はそういった「自前セイフティネット主義」の限界を示したわけですが。

*2:とはいえ軍事・石油関係は突出して強いため寡占気味ですが。

*3:これはベンチャー文化と表裏一体だと思う。

*4:ちなみに政府ってのはそれ自体が巨大な利益団体。だから利益団体自体を無くすというのは不可能なんです。

*5:AAASとて正義の団体なわけはなく、ロビイングによって政府と軍への影響力を強めようと必死です。重要なのはバランス。

*6:もっとも、政治を動かすにはそれこそ「団体」が必要になりますが。