というわけでこれにてドロン。

てなわけで、明日から休止に入ります。
皆様最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
記念にはてなでブック化しとこうかと思ってますが、もし万が一「読んでみたい」という方がおられましたら、メールをお願い致します。
比較的よく読んで頂いているエントリは左のリンク集にまとめてありますので、お時間があれば是非ご一読ください。

未練がましく2,3書いて終わろうと思います。

まずは生命系の大御所柳田先生のブログ

で、研究者といえども「パフォーマンス」つまり「プレゼンテーション能力」が大事、最近の(先生の周囲の)若者はその点頼りない、というお話。
プレゼン能力が大切なのはその通りですが、日本の研究業界を憂うなら、何故先生の周囲の若者が頼りないのか、を考えるべきですね。恐らく全体的には、最近の若い人のプレゼン能力は上昇傾向にあるでしょう。研究業界でそれが低下しているのなら、それはつまりそういう人材が入ってきていないことを意味します。
翻って、研究業界は若者に対してどういうプレゼンテーションをしているか。入学パンフだとかそういう子供だましが通用する時代ではありません。薄給、不安定雇用、長時間労働、自立の遠さ。調査能力のある若者はすぐにそういう現状を把握します。
若者に魅力的な「プレゼンテーション」ができない業界はすべからく衰退するしかありません。

恒例内田センセ。

誰かが私をインスパイアしたのである。
その消息について論及するのが先行研究批判である。
このふたつの挨拶ができたら「博士」合格である。
私はそう考えている。

こちらもある意味プレゼンの重要さを指摘された文章です。要するに「イントロダクション」と「ディスカッション」の重要性ですね。
もちろんこのことに異論はないのですが、この二つで「博士合格」はやや問題があるかと思います。
プレゼンは重要ですが、真に重要なのはやはり「結果」「研究本体」です。特に「博士」というのは研究者の免許ですから、いかに「見てくれ」が良くてもここがダメならお話になりません。いかにフグ調理師の包丁捌きが鮮やかでも、アタってしまっては仕方がありません*1。少々見てくれが悪くても、主題を適切に調理できているか、すなわち科学や学問の方法にきちんと則って議論がなされているか*2、がまず重要なのです。
用語の定義が曖昧でないか。途中で都合よく変えられていないか*3
前と後ろで話が矛盾していないか。論理的整合性はあるか*4
仮定をそのまま結論に使っていないか。トートロジーに陥っていないか。
データに基づいているのか、いないのか。判断の根拠は何なのか。
「知と愛」も大事ですが、まずは「学の基本」をちゃんとしていただかないと「博士」の価値はますます落ちると思いますよ、内田センセ。

そして腕力

最終弁当先生からも微妙に言及いただき、恐悦至極。権力とは暴力執行能力のことである、という話をおいても、確かに「腕力」は特に学術において軽視されすぎですね。
何度も書いてますが、僕は男女の社会的な差を形成する最大の要因は「腕力」だと思っています。脳の遺伝子だの何だの持ち出す必要はほとんどないかと。
握力と腕力は微妙に違いますが大まかには近似できるとすると、成人男性のそれは約50kg、成人女性は30kgです*1
約1.7倍ですよ。腕力が1.7倍の相手に囲まれているというのはどういうことか。例えば50kgの1.7倍だと85kgですか。確かK-1の秋山選手が85kgでしたかね。極論ですが、世の中の半分が秋山選手みたいだったら平均的男子の皆さんはどう感じるでしょうか。
行動様式、思考様式も大分変わってくるのではないかと思いますが、いかがでしょう。
例えば生物学においても単純にオス、メスで比較するのではなく、筋力や体の大きさなど、付帯状況を十分に加味しなくては妥当な結論は得られないのではないか、と思います。

休止のお知らせ

え〜、リアルの方でいろいろと動きがありまして、自分リソース配分が変わるため、はてなの方はこの7月でとりあえず更新休止しようと思っております。
未熟な院生のヨタにお付き合いいただいた皆々様、まことにありがとうございました。
今のところ、ネット上のミームとして日記自体は残しておこうと思っています。
しかしまあ、昔の分を読み返してみてもどうも基本的な思考様式は変わっていないようで、成長がないといえばないというか。。
とはいえ多少ながら独自の視点からの論理・ミームを提供できたかなとは感じていますし、Google先生のコヤシになれば幸いです。個人的に気に入っているエントリは左側リンクにまとめておきます。