セシウム137内部被曝のラットモデルによる研究論文紹介

内部被曝に関するもっとも重要な論点のひとつに、化学毒性を生じない、また急性被曝にもいたらないような摂取量(低線量)において、確率的影響以外の生体影響を生じるかどうか、というものがあります。
ここに示した論文はラットを使った、期間も数か月以内の実験ですが、セシウム137を低線量領域において経口投与し、内部被曝させた場合の生理的または分子的影響を調べたものです。
心筋障害マーカーや炎症性サイトカイン、ストレスホルモンの上昇、また、血中ビタミンDや性ホルモンの低下、睡眠覚醒リズムの異常などが認められており、少なくとも、セシウム137低線量内部被曝において、いわゆる化学毒性や確率的影響以外の生体影響が存在することを示しています。これらは、ICRPやUNSCEARにあるような従来のモデルではまったく考慮されていません。
これらの影響が即、病的な状態であるとは限りません。とはいえ、ラットの実験は遺伝的に均質で、健康状態のよい個体を用いて行なっています。
ヒトの場合は遺伝的に多様で、体質や健康状態もそれぞれ異なります。子どもや妊婦も含まれますし、基礎疾患のある場合もあります。また実際の事故被曝では核種もセシウムだけではありません。そのような状況で、内部被曝がどのように健康に影響してくるのか、血液検査等の診断も含め慎重に考える必要があるでしょう。
一番下に、ラット成獣にセシウムを摂取させた場合の各臓器への蓄積を示したグラフをおいておきます。蓄積量から症状を予想するのが難しいことがよくわかります。
たとえば心臓や海馬への蓄積は、臓器の中では特に多いというわけではありませんが、影響が観察されています。臓器や細胞によって機能や応答性が異なるのですから、当たり前といえば当たり前ではありますが。もちろん、これが影響のある最小値かどうかもわかりませんし、他の臓器に影響がないともいえません。
また気になるのは、セシウムが一か月目に甲状腺へ大きく蓄積し、その後は減少に転じている点。従来のモデルでは予想できない動きです。
蓄積メカニズムも、作用メカニズムも、まだまだ謎だらけということでしょう。


Chronic contamination of rats with 137 cesium radionuclide: impact on the cardiovascular system.(ラット慢性内部被曝モデルにおけるセシウム137の心血管系への影響)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18327657

ラットに1日150Bq相当のセシウム137を3か月間投与。血中CK(クレアチンキナーゼ)およびCK-MB(心筋型クレアチンキナーゼ:心筋障害マーカー)が有意に増加。心臓の ACE(アンギオテンシン変換酵素)遺伝子およびBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)遺伝子の発現が有意に増加。心電図ではSTおよびRT部が有意に短縮。血圧が有意に減少、またその日内変動が消失。3か月の内部被曝で心臓の形態に変化はみられなかったが、これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝は、より感受性の高い個体や、より長期の被曝においては、心臓の機能不全につながる可能性が考えられる。

この実験では血中CK-MBが上昇していますが、以下にあるようにこれは代表的な心筋障害マーカーとして知られています。
http://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0008/G0000020/0006
ちなみに、セシウム内部被曝の心臓への影響に関してはバンダジェフスキー論文がよく知られていますが、これとの関連を論じているところがありましたので参考までに。
Bandazhevskyの心電図データと動物実験との整合性
http://blogs.yahoo.co.jp/geruman_bingo/8557692.html


Chronic contamination with 137Cesium affects Vitamin D3 metabolism in rats.(セシウム137の慢性内部被曝はラットのビタミンD代謝に影響を与える)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16806633

ラットに1日150Bq相当のセシウム137を3か月間投与。肝においてビタミンD代謝に関わるcyp2r1の発現が有意に増加していたが、逆に血中のビタミンD濃度は有意に減少していた。脳ではcyp2r1の発現は減少し、別のビタミンD代謝酵素cyp27b1が増加していた。これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝ビタミンD代謝系を肝や脳で変化させ、血中のビタミンDを減少させている可能性が示唆される。

ビタミンD欠乏症
日照不足、日光浴不足、過度な紫外線対策、ビタミンD吸収障害、肝障害や腎障害による活性型ビタミンDへの変換が行なわれない場合などに、ビタミンD3が欠乏し、カルシウム、リンの吸収が進まないことによる骨のカルシウム沈着障害が発生し、くる病、骨軟化症、骨粗鬆症が引き起こされることがある。
ビタミンDの不足は、高血圧、結核、癌、歯周病多発性硬化症、冬季うつ病、末梢動脈疾患、1型糖尿病を含む自己免疫疾患などの疾病への罹患率上昇と関連している可能性が指摘されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3D#.E6.AC.A0.E4.B9.8F.E7.97.87


In vivo effects of chronic contamination with 137 cesium on testicular and adrenal steroidogenesis.(ラット慢性内部被曝モデルにおけるセシウム137の精巣および副腎のステロイド産生への影響)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18046538

ラットに1日150Bq相当のCs137を9か月間投与。血中の17β-estradiol(エストラジオール:性ホルモン)が有意に減少し、corticosterone(ストレスホルモン)が増加していた。精巣では、コレステロール合成に関わるLXRα(肝臓X受容体α)およびLXRβ(肝臓X受容体β)の発現が増加し、FXR(farnesoid X receptor)の発現が減少していた。また副腎では、ホルモン合成に関わるcyp11a1 の発現が減少していた。これらの結果から、Cs137の低線量内部被曝は、性ホルモンやストレスホルモンの分泌や合成に影響を与えることが示唆された。

エストラジオール(エストロゲンの一種)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB
http://www.news-medical.net/health/What-does-Estradiol-do-%28Japanese%29.aspx
corticosterone(ストレスホルモンの一種)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%81%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%B3

Chronic low dose corticosterone exposure decreased hippocampal cell proliferation, volume and induced anxiety and depression like behaviours in mice
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18289522


Evaluation of the effect of chronic exposure to 137Cesium on sleep-wake cycle in rats.(セシウム137慢性内部被曝がラットの睡眠覚醒リズムに与える影響の評価)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16876929

ラットに1日200Bq相当のセシウム137を3か月間投与。30日の時点で、開放フィールドでの行動に変化は認められなかったが、覚醒行動や、ノンレム睡眠の頻度が減少し、それらの平均期間が増加した。90日後には、脳のデルタ波(0.5-4 Hz)が増大した。これらの変化は、セシウム137の脳幹への蓄積によって生じている可能性があり、内部被曝の脳機能への影響を、さらに検討する必要がある。

概日リズム障害
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%82%E6%97%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E9%9A%9C%E5%AE%B3
デルタ波
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%BF%E6%B3%A2


Neuro-inflammatory response in rats chronically exposed to (137)Cesium.(セシウム137慢性内部被曝ラットにおける神経炎症反応)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18295892

ラットに1日200Bq相当のセシウム137を3か月間投与。海馬において炎症性サイトカインTNFαとIL-6の発現が有意に増加、前頭皮質においてIL-10の発現が有意に増加した。海馬ではTNFαの蛋白質量も増加していた。海馬ではさらに一酸化窒素合成系であるiNOSの発現およびcNOSの活性が有意に増加していた。これらのことから、セシウム137の低線量内部被曝は脳において炎症性サイトカインおよび一酸化窒素シグナルを変化させ、神経における炎症反応を引き起こしていると考えられる。

脳疾患の病理学的シグナル伝達カスケードの頂点に位置する炎症性サイトカイン
http://www.cosmobio.co.jp/aaas_signal/archive/pp-20130115-2.asp
A meta-analysis of cytokines in major depression.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20015486


Molecular modifications of cholesterol metabolism in the liver and the brain after chronic contamination with cesium 137.(セシウム137の慢性内部被曝によって肝および脳におけるコレステロール代謝分子が変化する)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19394396

ラットに1日150Bq相当のセシウム137を9か月間投与。コレステロール値自体には有意な変化が認められなかった。一方肝では ACAT2(アセチル基転移酵素2)、Apo E(アポリポ蛋白E)、LXRα(肝臓X受容体α)の遺伝子発現が有意に低下していた。脳では、CYP27A1およびACAT1(アセチル基転移酵素1)の発現が減少していた。これらの結果から、セシウム137の低線量内部被曝は、健康な個体のコレステロール値を直接変化させるほどの影響はなさそうだが、代謝に関わる遺伝子発現を変化させているため、胎児や、代謝性疾患を持っているような、より感受性の高い場合にはより慎重な検討が必要だろう。


ラットに1日200Bq相当のセシウム137を摂取させた場合の各臓器への蓄積
Distribution of 137Cs in rat tissues after various schedules of chronic ingestion.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20539123
より

子どもの甲状腺がんについての総説和訳(抜粋)

まず、311東日本大震災および原発事故関連の被害によって命を落とされた方々に追悼の意を表します。

津波被害に対する補償も十分進まない中、原発事故に関しては事故そのものが収束せず、現在進行中の公害問題であると考えられます。
特に大きな注目を集めたのは被曝による甲状腺がんの発生ですが、現時点で結論を出すことは難しいとはいえ、少なくとも疫学的に見て高い数字であるという意見が津田敏秀氏より出されています。発症率、有病率に関する議論もありますのでぜひご一読を。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2821.html

ただ、子どもの甲状腺がんに関しては、ネット上にも情報があまりにも少ない。
ツイッターなどで断片的な議論はありますが、まとまった日本語の情報がないため、非常に散漫な印象を受けます。
*1
そこで、2011年に公開された子どもの甲状腺がんに関する英文総説を、特に重要と思われる部分を抜粋して和訳いたしました。
総説の原文はこちら。
Thyroid Carcinoma in Children and Adolescents―Systematic Review of the Literature
無料で読めますので、関心のある方はぜひ原文をどうぞ。
和訳したのは、2. Epidemiology of the Disease 3. Risk Factors 4. Presentation in Childhood 6. Prognosisの各項目です。
*2

小児および青年期における甲状腺がん

疾患の疫学

児童における触知可能な甲状腺結節の頻度は、おそらく1〜1.5%程度と見積もられる*3。しかし、10代以上においては、有病率が13%にも達する場合もある。成人と比べた場合、甲状腺結節と診断された場合のがんリスクは児童では4倍大きい。米国では、毎年20歳以下ではおよそ350人前後が甲状腺がんと診断されている。National Cancer Instituteによると、ブラジルでは、その発症率は小児がんの2%におよぶといわれている。まれな病気であり、分化型甲状腺がん小児がん全体の0.5〜3%にあたるとされている。
さらに、甲状腺は他の新生物の治療のために頸部に外部放射線治療を受けた子供において、もっともよく二次発がんの起こる箇所の一つである。小児期における甲状腺ガンの発症はきわめてまれである。ただ文献によれば、1歳未満の小児で分化型甲状腺がんが見つかった例もあるという。
また、甲状腺がんの発症率は年齢にしたがって上昇する。Maria Sklodowska記念がんセンターでの235人の小児および少年の甲状腺がん患者のうち、5%は6歳以下で、10%は7-9歳で発見されており、10代以降に大きく増加している。男子と女子の差も13-14歳以降により顕著になってくる。
近年の米国SEER (Surveillance, Epidemiology and End Results)コホート研究における20歳未満の甲状腺がん患者1753名のデータによれば、女子では10万人当たり0.89人、男子では10万人当たり0.2人の発症率とされる。

リスク要因

過去60年で、児童の甲状腺がん発生率には明瞭な二つのピークがある。
最初のピークは1950年代、頭部白癬、ニキビ、扁桃炎、胸腺過形成など、子どもの様々な治療に放射線を使った時期だ。この時は、被曝後平均10〜20年後に甲状腺ガンが見いだされ、40年間はリスクが続いた。頸部被曝と甲状腺ガンの因果関係が確立され、このような方法が破棄された後、発生率は低下していった。これらのデータにより、放射線甲状腺がんのリスク要因であると認められるようになった。同様に、他の小児がんに対する外部放射線治療甲状腺がんの発生率を増加させると考えられる。
次のピークは、1990年代中ごろより、西ヨーロッパ地域にて、1986年のチェルノブイリ原発事故以降に起こった。最初の症例は事故後4-5年後に診断され、特に被曝時に5歳以下だった児童に見いだされた。これらの症例のおよそ75%は出生から14歳までに、25%は14歳から17歳までに、原発事故のフォールアウトによって被曝した。チェルノブイリ事故によって、小児期には成人と比べ、高い放射線感受性があることが明らかとなった。
甲状腺に対する放射線の影響は、科学界の高い関心を集めている。イギリスの小児ガン調査BCCSSは、17980名の小児がん患者に対する、17.4年にわたるコホート研究で、特に二次発がんに注目している。この研究では、甲状腺がんの88%は、頸部に放射線治療を受けた患者に見つかっている。甲状腺がんのリスクはホジキン病および、非ホジキンリンパ腫の治療を受けた患者で高かった。

児童における臨床像

臨床像においては、いくつかの点において小児における病態は成人のものと大きく異なっている。
第一に、20歳以下においては、20〜50歳の患者よりも発見される腫瘍の体積が大きい傾向がある。Zimmermanらは1988年にに、新たに見つかる甲状腺がんは4cm以上が児童では36%に対して成人では15%、1cm未満が児童では9%に対して成人では22%と報告した。乳頭がんの患者のみを考慮すると、診断上は1.5-3%しか1cm未満が見つかっていない。さらに、おそらく児童では甲状腺の体積が小さいためだろうが、カプセル状の被膜や周辺組織の発生が早い。
このように、成人で使われているような微小がん(1cm未満を含む)の分類は、児童においては除外されるべきである。つまり、1cmのがんをこの年齢においては見つけるのはきわめて重要なことだといえる*4
第二に、児童では多中心性のがんが、特に乳頭がんにおいて多い。これらの多くはポリクローナルながんの発生であると考えられる。このことは、甲状腺ガンの外科的治療における全摘出処置を議論する際に特に重要であろう*5
第三に、児童の甲状腺がん患者では遠隔転移と同様に、頸部リンパ節への転移の割合が高い。Mayo Clinicにおける1039例の甲状腺乳頭がんにおいては、成人では頸部リンパ節への転移が35%、遠隔転移が2%に対して、児童では頸部リンパ節への転移が90%、遠隔転移が7%であった。われわれが65人の青少年に関して行った調査では、リンパ節への転移は61.5%、局所浸潤は39.5%、遠隔転移(肺転移)は29.2%であった。
診断技術の向上にしたがって、児童における分化型甲状腺ガンの臨床像は変化してきた。ミシガン大学の1970-1990年における診断を、同1936-1970年の診断と比較すると、この何十年かの早期発見技術の進歩を反映し、最近のものの方がリンパ節転移の診断は低く(63%から36%)、局所浸潤も少なく(31%から6%)、肺転移も少ない(19%から6%)。また10年後の予後も改善している。
児童の甲状腺がんの遠隔転移においてもっとも多いのは肺転移であるが、骨転移や中枢神経への転移も少数報告されている。サブタイプの分類は、成人のものと類似している。乳頭がんが90-95%、5%が濾胞がんである。未分化がんはきわめてまれである。

予後

児童の甲状腺がんの予後は非常に興味深いテーマである。成人に比べて高い再発率であるにも関わらず、生存率は成人よりよいようだ*6。MazzaferriとKloosは16.6年の追跡調査により、20歳以上の患者は再発率20%程度であるが、20歳未満の患者の再発率はおよそ40%であることを見いだした。
一方、生存率は成人より高い。ミンスクでの741名のコホート研究によれば、児童の甲状腺がん患者の5年生存率は99.3%、10年生存率は98.5%とされている。
年齢も、甲状腺がんの予後に関してきわめて重要な因子である。小児と青年は通常、ともに比較的よい予後を持ち、45歳以下として分類される。しかし、Lazarらは、10歳未満の、おもに思春期前期の児童は、それ以降の青年期の場合よりも予後が悪いと報告している。

参考:

小児甲状腺がん関連の情報まとめはこちら。
http://matome.naver.jp/odai/2136618062294909201


病理と臨床13年1月号 甲状腺腫瘍の最近のトピックスより
小児甲状腺がんを成人の甲状腺がんの延長で同様に考えることが適切でないことがよくわかります。

http://www.bunkodo.co.jp/byori_52/magazine_detail_4.html


病理解剖データにおける甲状腺がん発見率
病理解剖なので、「病気で亡くなった患者さん(がん含む)」というバイアスがありますが、14歳以下では発見率ゼロです。

http://twitpic.com/c4vcz7


Lancet2003年の甲状腺がんに関する総説の和訳がありました。
http://megalodon.jp/2013-0312-1837-02/www.j-tajiri.or.jp/source/treatise/062/index.html
小児甲状腺がんについては以下。

小児の分化型甲状腺
小児の分化型甲状腺癌は稀であり、この疾患に対する適切な治療法についての報告は数少ない。ある研究では*7、小児期に分化型甲状腺癌と診断された患者の25%は再発し、6%は甲状腺癌のために死亡する。頸部放射線外照射の後遺症として、数十年後に気管壊死や頸部肉腫が発生し、3%はそのために死亡する。小児の分化型甲状腺癌は甲状腺内に多発性に癌ができやすいこと、リンパ節転移しやすいこと、遠隔転移を起こしやすいという特徴のために、甲状腺全摘術、頸部リンパ節郭清、術後の放射性ヨード治療を行うことが勧められている。大人になって再発したり、病気が悪化する危険性が高いので、一生涯にわたる経過観察が正当化される。

原文はこちら。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12583960


福島の甲状腺がん関連:
福島の甲状腺検査で過剰診断論が退けられた理由
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20150522/p1
長瀧氏やWelchといった過剰診断論者はどこがおかしいのか〜世界や韓国の甲状腺がんの増加に関して〜
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20150708/p1

*1:これも含め、小甲状腺がん関連の情報を簡単に以下にまとめました。http://matome.naver.jp/odai/2136618062294909201

*2:なお、被曝による甲状腺がんの臨床像は異なるという意見もありますので、次回は武市宣雄医師による、被曝後に多発した甲状腺がんに関する知見をごく簡単ながらまとめてみようと思います。

*3:無料で読める甲状腺結節に関する総説はこちら。Management of a Solitary Thyroid Nodule http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM199302253280807

*4:訳者注:小児甲状腺がんでは見出されるもののほとんどはすでに大きく成長したものであるため、1cm程度のものはその急激な成長途中と考えられ、重要である。

*5:訳者注:多中心性がんは複数のがん細胞が起源となって(ポリクローナル)成長しているがんで、再発率が高い

*6:訳者注:治療後の生存率です。

*7:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9702543

「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その3

その1(背景と定義)
その2(おもな症状など)

まとめ

広島において、初期放射線による被曝レベルが低かったとされる範囲内で「黒い雨」に遭遇した生存者については、287名分の文書記録しか残されていない。一方、対照群についても同様に、爆心地から1,600m以上離れた場所にいた生存者が選ばれたが、彼らは観察可能な放射性降雨が確認された周辺地域にはいなかったとという点で「黒い雨」群の生存者とは条件が異なっている。この対照群を構成する生存者は16.045名で、この中には、初期放射線による被曝量が20rad(1rad=10mGy)を上回る例は含まれていない。そのため、作表および分析の対象となったのは、被曝した初期放射線20rad以下の人のみであり、これを「黒い雨」生存者287名に当てはめると236名が該当する。「黒い雨」生存者群が小規模なため、本報告書のいくつかの表のデータは、微粒子沈着と急性被曝症状とを関連付けるには十分ではない。しかし、通常の予測を上回る放射線誘発性の健康異常を訴えた特定の生存者を対象に放射性降下物の研究を行うにあたっては、有効な情報ソースとなる可能性がある。

本調査の「黒い雨」生存者の人数に限りがあるため、次に示すような、当初の仮説を検証することは非常に困難である:
「わずかな放射性降雨によって最初に沈着した微粒子は、その後に降った雨によって生存者の体からすぐに洗い流された。つまり、放射性降雨は二次的な被曝形態であり、放射線損傷を受けたすべての生存者に対してほとんど影響を及ぼすことはなかったと考えられる」。

「黒い雨」群は規模が小さいため、部分群のサイズを最大化するように、放射線症状を分類することが望ましい。ただし、生存者の中には軽微な症状(小症状)を示すもの、顕著な症状(大症状)を示すもの、その両方を示すものが存在するため、こうした作業はそれほど簡単ではない。筆者としては、非対称な部分群同士のデータを結び付けるのではなく、この調査から読み取れる情報は、表10のようなネガティブアプローチによってこそ、よりわかりやすく提示されるものと考える。この表10では、「黒い雨」群(EP)と対照群(CP)それぞれにおいて、主および/または二次的な初期放射線作用に対して観察可能な反応を示さなかったことが報告されている生存者数が比較されている。

さらに、表2〜表7より、「黒い雨」群と対照群の症状発症率の比率を求めることができるが、その結果を表11に示す。

個別の発症比率の値については信頼性の低いものもあるが、全体的には明確な傾向が現れている。中でも、発熱(EPの13.56%)、下痢(EPの22.04%)、脱毛[m](EPの68.64%)の発症比率10、22,15はかなり正確であると考えられる。
[m]:これらの症状を選択した理由としては、その発症率が非常に高く、「黒い雨」生存者のかなり大きな部分母集団を含んでいたことが挙げられる。
嘔吐や非血性下痢はしばしば興奮やストレスによって誘発されることを考慮したとしても、表11に示す症状の発症率からは、「黒い雨」生存者においては顕著な「見込み」ガンマ線被曝量に比べても、ベータ線被曝量がきわめて高かったことが示唆される、と結論づけられるだろう。

謝辞

Y. Okamoto、J. A. Auxier、J. S. Cheka、G. G. Warner の各氏からいただいた貴重な助力と指針に感謝の意を表します。

参考文献

1. Seymour Jablon and Hiroo Kato, Mortality Among A-Bomb Survivors,1950-1970 TR 10-71.
2. G. W. Beebe, T. Yamamoto, Y. S. Matsumoto, and S. E. Gould, ABCC JNIH Pathology Studies, Hiroshima, Nagasaki Report 2, Oct. 1950-Dec. 1965, ABCC TR 8-67.
3. S. Jablon, S. Fujita, K. Fukushima, T. Ishimaru, and J. A. Auxier, "RBE of Neutrons in Japanese Survivors," Proc. Symposium on Neutrons in Radiobiology, Oak Ridge, 1969, USAEC Conf. 69-1106.
4. Shielding Survey and Radiation Dosimetry Study Plan, Hiroshima-Nagasaki, Edited by Kenneth Noble, ABCC TR 7-67.
5. Roy C. Milton and Takao Shohoji, Tentative 1965 Radiation Dose Estimation for Atomic Bomb Survivors, Hiroshima and Nagasaki, ABCC TR 1-68.
6. E. T. Arakawa, Residual Radiation in Hiroshima and Nagasaki, ABCC TR 2-62.

内部配布先:
1-2. Central Research Library 12. H. H. Hubbell, Jr.
3. Document Reference Section 13-32. T. D. Jones
4-6. Laboratory Records Department 33. G. D. Kerr
7. Laboratory Records, ORNL-RC 34. D. R. Nelson
8. ORNL Patent Office 35. W. S. Snyder
9. J. A. Auxier 36. J. B. Storer
10. J. S. Cheka 37. J. R. Totter
11. F.F. Haywood

外部配布先:
38-66. Atomic Bomb Casualty Commission, U. S. Marine Corps Air Station, FPO Seattle, WA 98764. L. R. Allen H. Yamada (10)
G. W. Beebe Epidemiology
G. B. Darling Internal Medicine
S. Jablon Laboratories
H. Maki Library
I. Moriyama Pathology
I. Nagai Radiology
M. Nakaidzumi Shielding Groups (2)
Y. Okamoto (2) Statistics
67. L. J. Deal, Division of Biomedical and Environmental Research, USAEC, Washington, DC 20545.
68. C. L. Dunham, National Academy of Sciences-National Research Council, 2101 Constitution Avenue, NW, Washington, DC 20418.
69. W. T. Ham, Department of Biophysics, Medical College of Virginia, Box 877, Richmond, VA 23319.
70.J. L. Liverman, DBER, USAEC, Washington, DC 20545.
71. C. C. Lushbaugh, ORAU, Oak Ridge, TN 37830.
72. C. W. Mays, Radiobiology Laboratory, University of Utah, Salt Lake City, UT 84112.
73. K. Z. Morgan, School of Nuclear Engineering, Georgia Institute of Technology, Atlanta, GA 30332.
74. H. H. Rossi, College of Physicians and Surgeons, Columbia University, 630 West 168th Street, New York, NY 10032.
75. Niel Wald, Graduate School of Public Health, University of Pittsburgh, R-510 Scaife Hall, Pittsburgh, PA 15213.
76. Shields Warren, Cancer Research Institute, New England Deaconess Hospital, 185 Pilgrim Road, Boston, MA 02114.
77. C. S. White, The Lovelace Foundation, 4800 Gibson Boulevard, SE, Albuquerque, NM 87115.
78. R. W. Wood, DBER, USAEC, Washington, DC 20545.
79. Lowell Woodbury, University of Utah, Salt Lake City, UT 84112.
80. Research and Technical Support Division, ORO.
81-82. Technical Information Center.

「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その2

その1(背景と定義)
その3(対照群との比較とまとめ)


[g] 放射線被曝による大症状を一つ以上経験した生存者のほとんどは、小症状も一つ以上経験しているであろうと思われるが、記録からはこのことは導き出せないようだ。この表面上のアーティファクト(人為的な結果またはミス)はいくつかの理由によるものと考えられる。(1)大症状に気を取られ、小症状に気がつかない(2) インタビュアーが、大症状がある場合に小症状を記録しなかった(3)いくつかの小症状は、大症状より反応閾値が高い などである。「黒い雨」生存者群から 236名を大症状と小症状の記載があるものとしてリストアップした[訳注"from the control population of 16045 cases"「16045例の対照母集団から」の記載があるが、明らかに文脈からおかしい]。
[h]この調査は236名の生存者を対象にしている。対照群16045名において、初期被曝量が20radを超える者がいなかったため、「黒い雨」群においても初期被曝20radを超えた者は詳細な検討に含めていない。
[i]発症したが、発症日や発症機関などのデータが不足しているもの。

[j]本報告では相乗効果は無視している。また、放射線性疾患の要因が外部被曝によるものか、あるいは放射性粒子の吸引もしくは飲食物からの経口摂取によるものかの区別は行っていない。被曝者個々人の刺激・興奮レベルが嘔吐や非出血性下痢に影響した可能性はあるが、対照群は「黒い雨」への暴露という要因を除き、他の外傷的形態が同様な被曝者を注意深く抽出した。
[k]小症状とは発熱、嘔吐、出血性及び非出血性の下痢、大症状はその他全ての放射線性異常、例えば、口腔咽頭病変、紫斑(※皮下出血)、脱毛、などである。
[l]16,045人の対照群のうち初期被曝が20radを越えた者は居なかった為、初期被曝20radを越える「黒い雨」被曝者についてはこの表に記載する以上の詳細な解析は行わなかった。





「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その1

先日、NHKスペシャル「黒い雨 〜活(い)かされなかった被爆者調査〜」で、これまで明らかにされてこなかった被爆者調査があることが報道され、かなりの話題になりました。
発端は、長崎県保険医協会が厚生労働大臣あてに『「オークリッジレポート原爆黒い雨データに関する速やかな分析と情報公開を求める」要請書』を提出したこと。
原爆によるフォールアウト、いわゆる「黒い雨」の影響に関しては、被害者の証言はあるものの、公式の資料は存在しないというのがこれまでの定説だったようです*1
ところがとあるところから、ABCC(原爆傷害調査委員会)およびオークリッジ国立研究所の内部資料、通称『オークリッジ・レポート』が発見され、学術論文ではないものの、「黒い雨」被害に関する情報が存在することが明らかになりました。
リンク先PDFで英語原文を見ることができます。
http://www.survivalring.org/classics/ExaminationOfA-BombSurvivorsExposedToFalloutRainAndComparisonToSimilarControlPopulations-ORNL-TM-4017.pdf
この『オークリッジ・レポート』は、流出資料ではあるものの、放射線影響研究所も実物であることは認めており、ここから直ちに結論を出すことはできませんが、被害状況に関する情報としてはきわめて重要なものだといえます。
しかしなにぶん流出モノなので、公的な機関が邦訳を公開するのは難しいようです。
で、この重要な資料が英語のために読まれないのはあまりにもMOTTAINAIため、個人で訳して公開することにしました。
ついったで募集したところ、@azu_umiさん @forthmanさん @study2007さんお三方の協力を得ることができました。
みなさまお忙しいところ本当にありがとうございます。
個人が仕事の合間に訳したものですので、ラフなところもあります。また原文自体に妙な文章があったり、訂正の効かないタイプライター時代を感じますが、訳に関してご意見ご指摘あればお気軽にコメントください。
では以下に、3回に分けて『オークリッジ・レポート勝手訳』を公開いたします。
その2(おもな症状など)
その3(対照群との比較とまとめ)

放射性降雨に晒された原爆生存者の調査および類似対照群との比較(オークリッジ・レポート)

ヒロアキ・ヤマダ(a)  T. D. ジョーンズ
1972年12月
オークリッジ国立研究所
ユニオンカーバイド社
米国原子力委員会
本報告書は米国政府機関によって発起された研究のための報告としてまとめられたものである。この文書によって公開される情報、装置、製品及び工程の正確性、完全性そして有効性に関して、米国、米国原子力委員会及びその職員、下請け/孫請け契約者およびその従業員がなんら保証するところではなく、法的責任を負うところではない。また、この文書の使用が私有の権利を侵さないことを示すものではない。

アブストラク
1947年頃から、原爆生存者のうちで放射性降雨を経験しながらも身体上面凸部(頭や肩など)にベータ線熱傷の症状を見せなかった人々は、放射性降下物から深刻な被曝は受けなかったと考えられていた。しかし、原爆傷害調査委員会(ABCC)の生存者調査プログラムにおいて集められたエビデンスは逆を示している。本文書は、容易に入手可能な情報を検証することで、それ以外においては軽微な被曝を受けたのみである集団に対する放射性降下物の影響を、より詳細に調査分析すべきか否かの結論を確立しようとするものである。

背景と目的
広島と長崎のABCCは、1947年に設立された 患者観察及び診察プログラム を通して、潜在的及び遅発性の放射線誘発性作用のほとんどを研究してきた。ABCCは、放射線の遅発性作用の詳細な研究にその使命を限定し、研究努力をこの領域に集中させたため、これら遅発性の放射線誘発性作用(b)に関する研究は徹底しており(1-3)、詳細に報告されている。この限定に関する理由はそれなりに明白であるため、ここでは論じない。 

オークリッジ国立研究所(ORNL)によって確立された、広い基盤を持つ線量計測プログラムと、日本の放射線医学総合研究所(NIRS)による、基盤は限定されるものの独立したプログラムによって、生存者のほとんどにおいて原爆の爆発”当初”に受けた被曝線量(c)を正確に推定するための技法が提供された。
[a] ABCC(日本・広島)より出向中のコンサルタント
[b] 放射線誘発性作用(Radiation-inducible effectsとは、通常より高い発生率を示している作用を指す。
[c] 本報告書における被曝線量は初期放射線の量のみを示す。”黒い”雨による被曝量の数値的評価は試みられていない。

生存者はそのほかにも
a) 爆心地近くの誘導放射能地域に留まること、および/または
b)「黒い」放射性降雨があった、離れた地区の一つにいること
によって被曝した可能性がある。
これまで、これらによる被曝のレベルは極めて低いと考えられてきたため、ほとんどの個人の被曝量においては副次的な因子としか考えられてこなかった。
アラカワ(6)によって算出された、爆心地近くの誘導放射能による被曝量の可能最大値(予測最大値ではない)はそれ自体極めて低いものであったが、それでも誘導放射能から”予測される”被曝量としては、おそらく非現実的に高すぎるものだろう と考えられていた。周辺地域にいた人々が、即座に爆心地に向かって移動を始め、原爆に起因する火災が発生してる間そこに留まったとは考えにくい。そんな中「黒い雨」の問題は巨視的視点においてのみ考慮されてきており、通常では副次的な影響しか持たないものと――あるいは早まって――見なされてきた。

「黒い雨」は 爆心地から 離れた地域のいくつかに不規則的な形のパターンで、主に初期被曝量が極めて低い人々の上に降ったため、これらの人々のほとんどにおいては、放射性降雨が一次的な被曝経路となった。

生存者の中でぱらぱらとした小雨や軽い霧雨以上の降雨を経験した人々の皮膚や衣服からは、微粒子がすばやく除去されたと予測されていたが、この考えを否定するような異常が観察されている。そうではなく、軽い降雨によって付着した微粒子の一部は洗い流されて髪や衣服の中に捉えられ、生存者各個人の被曝線量には大きく貢献した可能性がある。ただし、身体上面凸部(頭や肩など)にベータ線熱傷(d)の症状を見せなかった人々における「黒い雨」による被曝量は極めて低いと考えられてきた。ABCCの医療観察記録のいくつかが提示するエビデンスは、そのような仮定の正確性に対し少なからぬ疑いを投げかけている。
[d] 核分裂生成物の崩壊においては、放射性崩壊の各段においてβ粒子が放出される。核分裂生成物崩壊のおよそ半分においては光子が作られるが、この割合は時間とともに変化する。光子はより強い貫通力を持ち、体内臓器への放射線による”傷害”にはより大きく貢献する。ベータ線熱傷は粗い生物学的線量評価法として用いられる。

「黒い雨」に晒された生存者の分類

ORNLは11,915件の広島生存者及び2,046件の長崎生存者の遮蔽記録(Shielding history)のマイクロフィルムコピーを保持している。初期被曝時(ATE)に爆心地から1,600m以上離れた場所にいて、程度に関わらず放射性降雨を経験した生存者(広島では222件)がこの遮蔽記録群から選別された。可能な限り多数の”黒い”雨生存者[の記録]が望まれた結果、ABCCのコンピューターにあるリストからさらに65件が発見された。長崎に関しては、ABCCのコンピューターリストから82件のみが発見された。マイクロフィルムの記録における生存者は全て雨から厳重な遮蔽構造によって守られてていたため、そちらからは一件も選出されなかった。

放射性降雨の生存者たちに関するデータは、調査の機構を簡素化するためにコード化されてIBMカードにパンチングされた。コード化手順の概要を以下に示す。



[e] それぞれの生存者に関する個別のテープに記録された位置データ
[f]  座標の読み取りには、米国陸軍Army Map Service(ワシントンD.C.)のHiroshima-AMS L902 138449 9-46 1946を使用した。xxxx.xxという座標表記は通常、xx.xxと最初の2桁を省略して表記されるが、本報告書では3桁を省略して、x.xの形式でコード化されている。例えば、「1302.54」は「2.5」としてコード化されている。
[g] 本レポートの複数個所に「情報なし(No information)」の記載がある。これは、条件は適合したが記載が不十分だったことを意味する。

対照群生存者の選択について
広島の放射性降雨の被曝者として選択された生存者の総数が少なかったため(287例)、衣服の種類と量、放射性降雨の強度と微粒子残留量に基づいて、被曝状 況の偏差を統計的に解析することはできなかったが、これらの分類に基づいてまとめた結果を表1、表4、表5に示す。ORNLは広島の生存者75,100 名、長崎の生存者29,400名に関するABCC記録の磁気テープのコピーを所有している。対照群は、これらの磁気テープ記録から、同様の周辺地域にお り、放射性降雨には遭遇しなかったが、同程度の初期被曝を受けた人々が選択された。対照地域は、広島南東部において以下の基準で選択された。
1.座標
4500<横座標<5000
5600<縦座標<6100
2.被曝距離
爆心地から1600m以遠
「黒い雨」生存者および対照群における放射線の作用を、表2、表3、表6、表7、表8、表9にまとめた。


その2(おもな症状など)
その3(対照群との比較とまとめ)

*1:ちなみに広島でのフォールアウトによる最大被曝線量は10−30mGyと評価されているようですhttp://www.rerf.or.jp/general/qa/qa12.html

低線量被曝による鼻血について考える

ごく簡単ですみませんが、ツイッターよりは多少ましということで失礼します。
まず、事故直後の鼻血は、関東圏の汚染程度であれば、機序からして、被曝による血小板激減や、白血病からのものである可能性は極めて低いと考えられます*1
いろいろな解説にあるように、被曝で直接血小板が激減するには一般に高い線量が必要ですし、また被曝による白血病が顕在化するには最低数カ月の時間が必要だからです*2


では、放射性物質と鼻血は関係ないと断言できるか、というと、それも性急すぎると思われます。
まず、前回書いたようにICRPのとる閾値なしモデルで考えた場合、線量が低くても、大勢が被曝すれば、運悪く一定の被害が出ることが予想されます。
まあこれは大雑把な予測モデルであって、詳しい機序は議論のわかれるところですが、低線量でも大勢が被曝すれば、さまざまな条件が重なって、大きな影響が確率的に出ることがある、とのように考えればよいでしょう。


鼻血が出るメカニズムははっきりしませんが、血小板関連でないのであれば、鼻の粘膜でなんらかの炎症が起こっている、粘膜が膨張している、薄くなっている、乾燥している、などが考えられます。
放射性物質の付着でこういうことが起こるか?という点ですが、放射性重金属が粘膜に付着すれば重金属による小胞体ストレスや、ラジカル生成による酸化ストレス等のさまざまなストレスを生じますし、炎症等の影響をおよぼす可能性は否定できないと思います。もちろん、上に書いたように、もともとの粘膜の状態など、+諸条件が加わって顕在化するのかもしれません。
断定はできませんが、仮にこういう機序であれば、それなりの件数発生してもそれほど不思議ではないでしょう。少なくとも、あり得ない、というほどではない。
むろんこれらは、アレルギーや感染など、放射性物質以外の理由でも起こりうることですが、それらを外見で簡便に区別するのは難しいでしょう。両方起こっているかもしれません。
ただ、仮に放射性物質の影響であっても、これらは鼻粘膜への刺激ですので、そこから直接ガンや白血病が生じることは現状ではほぼ考えられません。
しかし、単発でなく、アレルギーなどの理由が思い当たらないのに、変に症状が続くような場合、刺激が続いており、放射性物質を継続的に吸入している可能性も否定できません。
こういう状況はさすがによくないと思いますので、私なら被曝防止策や、ホットスポット・線量情報のチェックをより詳細にやったり、行動記録をとったりするでしょうね。

気になる症状が出れば通院すべきなのは当然ですが、通常の診察で、被曝が原因かどうかは判別できません。ですから、症状が続く場合、私なら病状を記録して、念のため血液検査をしてもらうでしょう。
また、そういう懸念を理解・共有する能力のある医師を私なら選びます。


また、甲状腺治療などの際の高線量医療被曝で鼻血が出ないから、低線量で出るわけがない、のような議論は、治療環境と事故環境で同列に比較するというおかしな話で、ほとんど参考になりません。水溶性の放射性ヨードの投与では、鼻粘膜の局部に線源が留まることはありませんし、あえて比較するならセシウム針のような小線源治療がやや近い状況といえるでしょう。

カニズムは推測ですし、未知の要素がある可能性は排除できませんが、今のところこれらの理由から、重大な疾病である可能性は低いけれども、低線量地域で放射性物質により鼻血が出る可能性を否定すべきではないし、できる範囲においてきちんと警戒しておいた方がよい、と私は考えています。
こういう文字通り未曾有の事態において、メカニズムが確定するまで「ない」ものとして扱うというのは、松原望先生が水俣病において指摘した問題そのものです。

もちろん国は第一に福島での対策にあたるべきですから、周辺の対策にどれくらいのリソースを割くべきか、というのはまず、それぞれの事情により個々人が、あるいは自治体等が民主的な話し合いによって、決定することです。
事情が許すならば、協力して発生件数や日時場所などのデータを集めておけば、のちのち役に立つかもしれませんね。



双葉町等を対象にした疫学調査の中間報告で鼻血等が有為に増加

http://togetter.com/li/667009

鼻血や出血に関する過去の報告
映像報告「チェルノブイリ・28年目の子どもたち」
https://www.youtube.com/watch?v=3hv-5bW17Rs
地元住民が訴える健康被害の実態 スリーマイルからフクシマへの伝言
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36881
「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20120820/p1

参考リンク:
福島原発事故において放出されたセシウム粒子に関する論文
Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident
http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html
この論文に関する記事
http://fukushimavoice2.blogspot.jp/2013/09/pm25.html
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/40880543.html
アマゾンレヴューにおける、低線量フォールアウトによる鼻血の議論
http://www.amazon.co.jp/review/R14NNQKO1XPVBU/ref=cm_cr_rev_detmd_pl?ie=UTF8&asin=4594065775&cdForum=FxRRAAZCHWC0N1&cdMsgID=MxRHR8PDB97CWY&cdMsgNo=43&cdPage=5&cdSort=oldest&cdThread=Tx3RI1P5LMWYDSZ&store=books#MxRHR8PDB97CWY
フォールアウトによる局所線量の見積もり例
http://ameblo.jp/study2007/entry-10925145430.html
http://togetter.com/li/666992
空気中の粒子ダストで鼻血が増えるという論文。
Airborne environmental pollutant concentration and hospital epistaxis presentation
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15533154


ちなみに一部放射線医が、放射性ヨード治療で甲状腺癌がでないから被曝は安全、のようなことを述べているようですが、日本甲状腺学会の「バセドウ病131I 内用療法の手引き」では

若年者に131I 内用療法を行う場合は,甲状腺癌の発生の危険性を小さくするため,大量の放射性ヨードを用いるべき

とあり、甲状腺癌に関しては低用量の方がリスクが高い可能性を示唆しています。もちろん疫学的研究により、チェルノブイリでの被曝による甲状腺癌増加は学術的に確立した知見となっています。

*1:http://www.remnet.jp/lecture/forum/08.html

*2:数カ月たった現在ではまた状況が違うかもしれません。

児玉演説があきらかにした「100mSv以下は大丈夫」の欺瞞

特にインターネット上で、東大アイソトープ総合センター長、児玉龍彦氏の参考人演説が大きな話題となっています。

動画や
http://www.youtube.com/watch?v=eubj2tmb86M
ノートテーク
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/8f7f0d5f9d925ebfe7c57aa544efd862

をご覧いただければその理由はすぐにお分かりのことでしょうが、ここで簡単に整理してみたいと思います。
科学者による被曝リスクに関するコメントは311以来多く発信されてきましたが、児玉演説においては、

1.内部被曝そのものを専門とする科学者による
2.低線量被曝リスクの重大性告発

として、大きな意義があるものと考えられます。
なぜか。
100mSv以下の低線量被曝のリスクをどう扱うかによって、除染や避難など、対策のスタンスが大きく変わってくるからです。

たとえば、児玉氏は「われわれが放射線障害をみるときには総量を見ます」と述べ、まず放射線(被曝)総量算定の必要性を強調しています。
これまで放射性物質や被曝の総量についてはほとんど問題にされていませんでしたが、ICPRのLNT(しきい値なし直線)仮説に従って考えれば、晩発性障害の総量は、被曝の総量に比例することは、すぐにわかります。
つまり低線量では個々人のリスクは下がってもゼロにはならず、「線量x人数」で得られる被曝総量が大きければ、全体としての被害は甚大なものになるということです。
たとえば「10mSvが1000万人」の場合と、「100mSvが100万人」では、被害総数は同じということになります。「濃く狭く」と、「薄く広く」では、同じ被害を生むのです。*1 *2
(国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)
の国内制度等への取入れに係る審議状況について http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/sonota/__icsFiles/afieldfile/2010/02/16/1290219_001.pdf)
(「低線量被ばくによるがんリスク:私たちが確かにわかっていることは何かを評価する」PNAS(2003)
http://smc-japan.org/?p=2037
これはICPR勧告から直接に導き出される結論であり、それに基づくとする対策は本来、まさに児玉氏の主張するような火急の、大規模なものにならざるを得ません。

しかしながら、事故以来多くの機関やメディア、一部科学者は、「100mSv以下は大丈夫」のような発信をくりかえしてきました。*3 *4 *5 *6 *7 *8
福島県放射線健康リスク管理アドバイザー、山下俊一氏の5月3日発言「皆さんはここに住み続けなければならない」(http://www.youtube.com/watch?v=ZlypvPRl6AY)にみられるように、政府側の測定、除染、避難、補償に関するスタンスも、そういったリスクの過小評価に基づいているといえるでしょう。
今回、その欺瞞性がはっきりと示されたといえます。あるいは、なにか独自の基準があるのであれば、ICPRより優先するその基準について説明する責任があるでしょう。

また早稲田大学準教授、難波美帆氏が河北新報のコラムで指摘しているように、ICPRのいうところの緊急時、復興時の扱いにも疑問があります。日本学術会議会長談話では、年間20mSvは緊急時の最低基準であり、妥当である旨を述べていますが、ICPRのいう緊急時であるならば除染や避難といった対策が最優先のはずであり、除染も完了していない地域で児童が通学するような事態は考えられません。
放射線防護の対策を正しく理解するために http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf

すなわち、ICPR勧告に従うといいながら、これまでほとんどの対応は低線量被曝のリスクを過小評価し、緊急時や復興時といった状況認識を混同させています。
このように児玉氏の主張は、決してオーバーなものではなく、ICPR勧告を忠実に受け取った場合の認識と対応をあらわしている、と考えるべきでしょう。
もちろん、児玉氏が行っている除染活動の実践からの経験知は、他の誰にも得られない貴重な情報であり、この演説の説得力をいやましにしているものですが、被曝リスクあるいは慢性炎症の危険性など、専門知の多くは、科学コミュニティがあらかじめ持っていたはずのものです。

ではなぜ、34学会長声明や日本学術会議会長談話は、あるいはなんであれ科学コミュニティは、児玉氏個人がリスクを取って発言するまで、これらのことを公に主張できなかったのでしょうか。
311以後の日本の「学」や「知」を考える上で、この疑問を避けて通ることはできないでしょうし、ここを明らかにしなくては、今後「学」や「知」が国民の大きな信頼を得ることは難しいのではないでしょうか。

*1:ちなみに内部被曝と臓器に関するくだりは、確率的影響に関する説明です。粒子がどこにどう蓄積し細胞を傷害するかは確率的な問題なので、低線量でも閾値がない、ということです。

*2:もちろん、平時の低線量を極端な大人数に適用するのは不適当です。あくまで事故時における大まかな被害予測のモデルとして扱うべきでしょう。

*3:http://news.livedoor.com/article/detail/5651139/

*4:http://sankei.jp.msn.com/life/news/110608/bdy11060822250001-n2.htm

*5:http://togetter.com/li/150182

*6:http://www.foocom.net/column/editor/3827/

*7:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/hotnews/int/201103/519126.html

*8:http://blog.blwisdom.com/shikano/201107/article_4.html