iPS細胞研究を「再生」するために必要な3つの処方箋

昨年2008年はiPS細胞の発見でバイオも世の中も大いに沸いたわけですが、大方の予想通り日本のiPS研究は先行き多難な模様。
iPSの山中さんが「今年は1勝10敗だった」
「大方の予想通り」と書いたのは別に皮肉ではなく、研究プロジェクトが動いた当初からバイオ系の関係者の多くが心配していたことだからです。
問題は大きく三つ。

1.予算の問題
2.周縁専門家の育成不足
3.雇用不安

1.予算の問題

単純に予算規模だけ比較しても、アメリカではカリフォルニア州だけでも10年で3000億円、マサチューセッツでは1200億円投入するのに対し、日本では5年で100億円
知恵で対抗するにしても、ちょっと物量が違いすぎます。
しかも、この100億円は国の科学研究費従来の枠内で都合するもの。つまり他の研究者に配分する予算を取り上げてこちらに回しているのです。伝聞では、すでに確定したはずの予算も削られているとのこと。
山中先生は研究者のチームワークが重要、とおっしゃいますが、このやり方で協力的なチームワークを機能させるのは難しい。むしろ分断が進んでいるといってもいいかもしれません。

2.周縁専門家の育成不足

さんざん述べたことではありますが、既に基礎研究を離陸したiPS研究には、いわゆる研究者以外にもさまざまな周縁分野の仕事が必要になります。
まず当然ながら特許の仕事、臨床との連携、生物学・医学・工学・薬学・化学等、研究分野間のコミュニケーション、リスク管理ベンチャーの設立や大企業との協働などなど。
バイオ産業に真剣でなかった日本ではこれら周縁分野のノウハウや蓄積が圧倒的に足りませんし、育成しようとする大きな動きもいまだない。

3.雇用不安

そして、たとえiPS研究に関心のある若い人がいたとしても、大量雇用のあと使い捨てられているポスドクの現状を見るにつけ、参入する気にならない。
iPS研究は重要ですが、市場投入されるのに10年20年、あるいはそれ以上かかる可能性があることは専門家なら予想がつきます。幹細胞治療というのはそれほど難しい*1
そして政府の熱はすぐ冷める。実用化が遠いと分かった時、またアメリカに勝てないと分かった時、大量の研究員がまたあっさりと切られるのが目に見えています。
山中先生ご自身はかつて、部下に「失敗しても必ず面倒は見る」と断言されたそうですが、現在の国とアカデミアがポスドク問題においてアナウンスしているのは、真逆のことです。
今後、大規模プロジェクトに参加する若い研究者はどんどん減っていくでしょう。

対策は?

  • まず、予算を新たな枠で作って投入すること。本気でやるなら10年で1000億円以上は必要でしょう。
  • そして周縁分野の教育や人材育成をOJTでもいいのでガンガンやっていくこと。カネとヒトを十分に使う。外からも人をどんどん入れる。
  • さらに、10年以上の雇用を約束すること。その間に、たとえプロジェクトが終了しても他分野に移行できる体制やスキルを提示すること。


単純な話ですが、最低限これくらいはやらないとアメリカに「対抗」すらかなわないでしょう。これは勝利条件ではありません。競争に参加する必要条件です。大体、「5年で100億円」という提示自体が、国のやる気のなさを雄弁にアナウンスしているのですから。
わたしもネットワーク作ったりできることはやってきますが、政府には政府のやるべき仕事がある。なにをやるべきかは、選挙であれデモであれロビイングであれ言論であれ、それぞれの現場から発信していくしかない。
それが科学や市場と同じく、集合知システムとしての民主制なのですから。