2008年は日本のバイオ産業をなんとかしよう

ベタではありますが、今年はネズミ年。
日頃マウスにお世話になっている生物屋としては日本の生命科学をいっそう盛り上げる契機にしたいところであります。
さて、ポスドク問題、特にバイオ分野に関して、日本の産業面での遅れが大きな要因になっているのではないか、という意見があります。

生物学は背景とする企業の数が少ないことが最も大きな原因ではないか
当たり前と言えば当たり前の話ですが、ポスドク問題が最も過酷だと思われる分野の1つ、生物学は、それを吸収する企業の数が多分野の企業数と比べて圧倒的に少ないということが、最も大きな原因ではないかと思いました。

私も日本のバイオ産業についてはちょくちょく触れてきましたが、これには全く同感といわざるをえません。
誰が悪者か、という責任論はまず置くとして、日本の生命科学とバイオ産業がどういう状況にあるのかここで簡単に説明いたしましょう。
まず、成熟産業になったといわれているアメリカのバイオ産業においても、いまだ「産学連携」は大きなプレゼンスを持っています。
シリコンバレーと日本の架け橋的お仕事をされている八木博さんの記事がとても参考になります。必読。
シリコンバレー起業家精神の原点 ベンチャー・産学連携編
特にリスクの高さと多様性の重要さを併せ持つバイオ分野では、大学での多様な基礎研究がシーズになるケースがまだまだ多い。というより、むしろ巨大製薬企業の新薬開発のベースを多数のベンチャー&大学が請け負う体制になりつつあるといってもいい。

ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実

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では日本の問題はなにか。
まず、生命科学の基礎研究に投じられる資金は

  • アメリカでおおよそ3兆円
  • 対して日本は4000億円

数倍の差はありますが、論文数は米国の3分の1ほど出ていますし、iPS細胞のような世界的インパクトのある研究も少なからず出ています。院生やポスドクの文字通り「献身的な」働きもあって、まず善戦しているといってよいと思います。
しかし、そういった基礎的成果をもとにどれだけの産業が興っているか、という点に目を向けると非常に心もとない。
エムズサイエンスさんの調べによると、

  • アメリカのバイオ産業市場規模が49兆円あるのに対し
  • 日本はいまだ5000億円

に留まっています。
もしこれが論文数なみの比率であれば、数千人のポスドク雇用などすぐに解消するでしょう。
なぜこうなってしまっているのかは一言でいえるものではありませんが、早急に調査し解消すべき大問題です。
八木さんの記事にもあり、またレグイミューンCEOブログでも書かれていますが、バイオ産業に必要なインフラとマインドセットが圧倒的に不足しているというのが第一の候補でしょう。
先日のNHKスペシャルワーキングプアIII 解決への道」においても、バイオ産業はグローバル化に対抗する切り札の一つとして挙げられていました。*1

バイオテクノロジーというのは、製品化されるさいには米国においてかなり厳しい基準が要求され、容易に海外へアウトソーシングできないものだというのだ。州政府は誘致にあたって、「かんたんに海外へ移転できない産業」を慎重に選んだという。
しかも、企業側には「技術だけもらっていなくなってしまう人よりは地元民を雇用したい」というニーズがあり、地元からの雇用を望んでいるコメントが紹介された。

州政府は130億円の予算をかけて1万人の雇用をふやし1200億円の税収増をしたという。

つまり高度なインフラを必要とし、長期の開発戦略が必要な産業であるため、容易に拠点を移転できないのです。しかも高水準な成果物であればグローバルな競争力を持ち、高齢化や医療費問題にも貢献できる。
村上龍の「5分後の世界

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)

では、サバイバル生活を送る地下日本政府の切り札として向精神薬「向現」が登場します。村上龍の書く地下日本はあまりに多様性が少なく実際にはバイオに不向きですが、ローカルな技術および人的インフラに依存し、かつグローバルな競争力を持つという点では実に理にかなっており、こういう嗅覚は流石だなと感心しました。
私自身は応用よりの基礎といった分野で研究しています。産業に目を向けるということは基礎を軽視するということではありません。アメリカのバイオ産業を切り開いた遺伝子操作技術は大腸菌の基礎研究から生まれました。
山中さんのiPS自体は実用の白黒がつくのに10年は必要だと思いますが、きっかけとしては素晴らしい。十数人のバイオ研究室が米国大統領とローマ法王を動かすことができる、というゴルゴ13的な現実を多くの人が実感したと思います。
基礎の充実のためにこそ産業が必要であり、産業のためにも基礎が必要であるという巴の関係を今一度直視する年になればと思っています。


関連:科学・技術は日本の生命線…のはずだけど

*1:映像もどこかに落ちているかと。