混合医療はむしろ先進医療に問題点あり(2)

次に2.治療法の運用の問題に関して。
まず、少し前に先進医療として大きく期待されていた遺伝子治療についてお話しましょう。
現在でも、遺伝子治療は研究開発の途上にありますし、私自身は大きな可能性を持っていると考えています。
しかし、その勢いは「ある事件」により大きくそがれてしまいましたし、ある時期急速に下火になってしまいました。今はやや回復傾向にあるところでしょうか。
「ある事件」とは、遺伝子治療を先陣を切って試験していたフランスで、3例の白血病発症を起こしてしまった「有害事象」のことです。
厚生労働省の資料はこちらです
遺伝子治療とは、大雑把にいうと
『なんらかの遺伝子断片を体内に送り込むことによって、病気を治療しようとする方法』
です。
この場合はX連鎖性複合免疫不全症という遺伝性の難病に対し、レトロウイルスのベクターを使って正常な遺伝子を免疫細胞に送り込み、治療を試みていました。
しかしそれが逆に白血病を起こしてしまった。
大変残念な結果です。これを受けて日本でも多くの臨床研究が中断したり凍結されたりしました。
この問題の真の原因はまだ解明されていないと思いますが、ではこれによって遺伝子治療全般が危険かというと、必ずしもそうとはいえないのです。
フランスのこの例では、

  • レトロウイルスベクターを用い、
  • かつ血球系の細胞に遺伝子を導入

していました。
レトロウイルスというのは宿主のDNAに遺伝子を割り込ませる能力を持っていて、いろいろな実験に使用されます。ips細胞への遺伝子導入も最初はこれでした。しかしあまりにも割り込み能力が強すぎて、宿主の重要な遺伝子を破壊する懸念があるのです。ところ構わず入ってしまうのです。
また、血球系の細胞というのは他の組織に比べると非常に増殖しやすい環境にあります。周りは血液ですから、増え始めると妨げるものがない。だからレトロウイルスによって細胞がガン化した場合、一気に悪性化しやすいのです。遺伝子治療の中でも、この例は「ガン化を引き起こす可能性が高いやりかた」をとっていたと考えられます。
つまりひとくちに遺伝子治療といっても、

  • どういう遺伝子を
  • どういうやり方で
  • どういう病気に対して使うか

によってひとつひとつ状況が異なるわけです。
しかし、一端こういった文字通り致命的な「事象」が起きてしまうと、関連するあらゆる試みが影響を受けてしまいます。もちろん命に関わることですから、それもやむを得ないところはあります。
遺伝子治療に限らず、先進治療の多くにはこういった問題が存在します。
たとえばガンの免疫療法。
これにもいくつかのやりかたが存在しますが、一つ代表的なものを挙げると、まず患者さんの体内から免疫細胞と病巣の一部を取り出し、体外で免疫反応を起こさせた後、増殖させて体内に戻します。すると体内の病巣を免疫細胞が残らず掃除してくれる、というのが理想的なシナリオです。
しかしこの方法一つとっても、患者さんそれぞれの病状や細胞に依存するほか、体外で免疫させる際、増殖させる際など、きわめてデリケートな過程がいくつも存在します。
混合医療でこういった治療を安易に導入し、その結果不幸な「事象」が起きてしまうと、その分野全体が停滞してしまうのです*1
先進医療を導入したければ前回書いたように治験の問題を解決するのがスジであって、混合医療で拙速を図ってもいいことはほとんどない、と私は思います。
先進医療の多くは「新しいクスリ」というよりは「施術」に近いもので、未知の部分がたくさん存在します。
「あわてて導入して民間保険でフォロー」の混合医療ではなく、精密で迅速な治験体制の強化こそが患者さんにとっても医療にとっても利益をもたらす最善の方法なのです。

*1:またもしうまく行っても保険適用になりにくいという問題もある