日本はバイオをやるのか捨てるのか白黒つける時期だ

にわかに学歴論が盛り上がっているようですが、正直あまり食指が動かないなぁ。知ってる京大の人も大概ちゃんと就職してるし、おもろいことやってる人も多いよ。官僚タイプってそんなにいるの? 仙人は何人か知ってますが。
で発端かどうか分かりませんが、ちょうど朝日に博士の話が出ていて、酵母研究の大御所柳田先生も日記で触れていることだしそっちの話をしてみます。
博士っても沢山あるのですが、現在いろいろな意味で最も問題が深刻なのはバイオ系といわれています。
メディアではips細胞をはじめいろいろな成果が報じられていますが、少なくともバイオ系博士課程に進学する学生は順調に減りつつあるようです。どこかに数字があったかな?
問題点は二つ。
1.今現在博士課程にいる学生やポスドクの進路
2.日本のバイオ戦略
お互いに絡み合った問題なのですが、まずなぜバイオ系が激増し、そして余ったか、という点について。
基本的には、国が政策的に増やしたと見るのが妥当でしょう。
日本には「BT戦略会議」なるものがあって、「バイオテクノロジー戦略大綱」を出しています。これを見ると、明らかに、国策としてバイオ系専攻を増やそうとしているのが分かります。
確かに、バイオは重要です。最近の情勢ではもはや誰の目にも明らかだと思いますが、先進国の高齢化および新興国の人口増加が発端となり、今後50年は「医療」、「食糧」、「燃料」といった分野が生き残りの鍵を握ります。
まさに文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)の示すとおり。
そしていずれにおいてもバイオテクノロジーは大きな可能性を秘めています。以前も書いたように
アメリカは勿論 http://www.biotoday.com/view.cfm?n=26605
EU http://www.biotoday.com/view.cfm?n=26581
もどんどん大きな資金と労力を投入しているし、
中国 http://www.chinapress.jp/events/12319/
シンガポール http://knak.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_0569.html
ブラジル http://www.rieb.kobe-u.ac.jp/~nisijima/ww20041115.html
も猛追しています。
学生が魅力と可能性を感じるのも無理からぬことでしょう。
しかしながら日本ではそんなバイオ系学生が逆に就職に悩み、進学も減りつつある。
こちらの記事では、「バイオブームに踊らされた」と表現されていますが、日本以外ではバイオは「単なるブーム」に終わっていません。
例えば記事の中で進路に悩む「吉岡さん」はおそらく植物の分子遺伝学を専攻されたのでしょう。
それは無駄な努力だったのか?
彼の専門技能が経済的価値を生むには、遺伝子組み換え作物が社会に受け入れられている必要があります。おそらくアメリカのモンサントや中国、ブラジルの専門機関では同様の知識をもった技術者が大勢働いていることと思います。
例えばネットの技術やビジネスがパソコンと高速回線の普及を大前提とするように、バイオテクノロジーが価値を生むにはインフラとして多くの人材、設備、法制度、そして社会の理解が必要なのです。
結局のところ、日本はバイオを活かすためのインフラ作りに失敗したということです。
今後の方針は二つに一つ。
バイオ、特にその産業ではダラダラチマチマと資源を投入してもあまり意味がありません。黒影さんのところにも批判がありますが、国にも大学にも本気度が感じられない。アリバイじゃないんですよ。やるのなら、本気で人を育て、国を挙げて議論をし、制度や機関を構築する必要があるんです*1
以下の本では、バイオビジネスには長い「すり合わせ型」の仕事が必要だと述べられています。

サイエンス・ビジネスの挑戦

サイエンス・ビジネスの挑戦

ドラッカーも指摘するように、多様な専門家が集い手間ヒマをかけて知識やアイデア、経験や立場を練り上げる中でのみ価値を拾うことができるわけです*2
…でなければ、基礎的な生物学を残してさっぱりと縮小することです。社会が求めない技能を大量生産しても誰もハッピーになりません。今はipsで浮かれていますが、10年たって実用化しない時にサポートは続くのか?怪しいもんです。結局は技術や人が中国・シンガポールなどに流れるだけです。
日本はここら辺でバイオをやるのか捨てるのか、キッパリ決断しなきゃなりません。

で、無論私はやるべきだと思っています。ただ一つ注意しなくてはならないのは、「遺伝子組み換えを受け入れないのは社会が無知だから」、という科学側の態度。
そういう面がないとはいいませんが、基礎知識があれば受け入れられる、と考えるのは科学者の傲慢です。
ヨーロッパでも遺伝子組み換え作物に反対する勢力は強いですが、科学知識の有無との関連は薄いそうです
例えばギョーザの作り方を知らない人は少ないでしょうが、中国産の冷凍ギョーザは敬遠しますよね。
基礎知識があったとしても個別の製造過程を個人が把握することはできませんし、また運用やチェックの機構に対する信頼がなければ受け入れられることはないのです。
科学者は知識を伝えると同時に、社会の科学コミュニティへの信頼を醸成する必要があるのです。そのためにはそもそもコミュニティが機能していなくてはなりませんし、科学者個々人も本気で社会に向きあわなくてはなりません。言われたから仕方なく、的なポーズはバレバレなんです。
繰り返しますが、国も社会も科学者も、ここらで決断しなきゃ本当にヤバイと思いますよ。

*1:本気でやるなら、まずは研究者だけでなくテクニシャンやラボマネージャー、知材広報関係、MOTファシリテーターなどの仕事に対する安定雇用が必要でしょうね。博士もそういう多様な部署で活躍する必要があります。

*2:次の30年のライフサイエンスにおける問題とはhttp://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-234.html