ポスドク問題は博士のビジネス参入を阻害する

クローズアップ現代「にっぽんの“頭脳”はいかせるか〜苦悩する博士たち〜」
こういう話はもう数年来繰り返し、繰り返し繰り返し論じてきましたんで正直食傷気味ですが、マンネリズムこそブログの醍醐味ってことでもう一度。
こちらでも書いたように、基本的に方法は二つ。

  • 供給を減らすか
  • 需要を増やすか

それだけです。
まあ数年前と違い、ポスドク問題など博士進学のリスクとコストをネット上で容易に知ることができますので、供給は自然に減っていくと思われます*1
ただし、これはお国の目論見とは逆の効果をもたらします。
博士進学には、授業料およびその間仮に就職していた場合の機会費用を合わせると優に一千万を越えるコストがかかります。
その上年齢も上がり、就職先も制限される。任期付きの職で各地を転々としなければならないかもしれない。研究員という名の派遣社員になる可能性も高いベンチャーだって日本は散々だ*2
きちんと情報を収集し、これらのリスクとコストを冷静に計算できる一種の「ビジネスセンス」を持った学生はますます博士への進学を躊躇することでしょう。
代わりに、あまり情報を収集していない学生や、「研究に人生を捧げる」といった「浮世離れ」した人ばかり博士に集まるようになる*3
そしてやっぱり「博士は使えない」というデフレスパイラル
お国の目指す「活気のある大学発ベンチャー文化」は遠ざかるばかりです*4
この「負のスクリーニング」を脱却するには、博士に進学しても「少なくとも経済的に損をしない」状況を作らねばなりません。
そのためにはまず奨学金などのサポート面の充実と、キャリア教育・就職支援体制の確立が求められるでしょう。国と大学は本来これらを80年代にやっておくべきだったのです。はっきりいって遅い。遅すぎる。
しかも米国のAAASのような組織作りを怠っていたため大学は政治的にも経済的にも無力で、自力での制度改革すらままならない。
例えばAAASはその組織力と情報収集力を活かして、学生やポスドクに科学・技術政策の現場へのインターンシップを用意したりマスメディアへの足がかりを作ったり全国規模でキャリアワークショップを開いたりしています。
高度な知識や技術になればなるほど、市場に明確な「需要」は現れにくいもの。本当は必要であっても、その必要性に気づかない。市場は完全ではないのです。
であるならば、供給側がある程度は介入しなくてはならない。マーケティングというのはそういうことです。
これらの活動が米国サイエンス・テクノロジーのダイナミズムの基盤であるのは明白だと思います。
ただまあ、今更いっても仕方が無い。
日本が今からこれらに追いつくのは、たとえ明日から頑張っても2〜30年後。
今現在博士に進んでしまっている学生はまず自衛しなくてはなりません。

  • 一つは、安易に卒業しないこと。

「新卒」ならば、一応日本の雇用体系の中に収まることができます。企業に行きたいのなら、たとえ論文を書いても就職が決まるまで修了は見送りましょう。

  • そしてもう一つは、専門知識に固執しないことです*5

博士課程で真に学ぶべきはベタな専門知識や技術というより、それらを習得したり生み出したりするためのメタ知識であり、メタ技術です。
すなわちやがて陳腐化する専門知それ自体ではなく、それらを学ぶ内に修得した「科学的思考」や「科学的方法論」を活かすという発想で仕事を求めた方がよいでしょう。
ただそのためには学生時代に専門研究に耽溺するだけではなく、それらを俯瞰する視点が必要になってきます。
例えばいかなる分野の学生であれ、ドラッカーの一冊や二冊は必読でしょう。

ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる

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氏の主張が正しいというわけではなく、俯瞰的に物事を見るということの練習になります。
また、論理には階層性があることも知っておいた方がよいでしょう。
あるレイヤーで有効な論理が、別なレイヤーでも有効とは限らないということです。クモザルの生態を説明するときに、素粒子物理学を使わないようなもんです。
特に現代のビジネスは心理的要素が非常に強くなっており、物質の論理だけでなくこういった「感情の論理」もある程度身につけておく必要があるといえます。
私自身まったく予断を許さない状況ですが、少なくとも知を愛している博士の皆さん、サイエンスは万能ではないですが人類の生み出した最良の方法の一つです。
その力を社会と世界に活かせるようお互い頑張っていきましょう。

*1:ポスドク問題がネットに出始めたのは2001年あたりhttp://dandoweb.com/backno/20010927.htm

*2:関連:バイオベンチャーは社会力の試金石

*3:「専門バカ」もいいんですが、多様性がないのはマズいと思います。

*4:個人的には、ベンチャーよりもまずシンクタンクの拡充が必要だと思います。

*5:専門性もある、あるいは専門性を活かせる、という「プレゼン」は大事。