乗ったり降りたり

いつも拝見しているid:kmiuraさんやid:svnseedsさんのところ、そして発端の御大東氏http://www.hirokiazuma.com/archives/000058.htmlのところでなにやら「降りる自由」とやらの議論が多発してたのでちょい乗りします。
定義がまた曖昧ですが、id:svnseedsさんのところの議論にあるように大きく二種類ありそうですね。あまり専門的な用語は使えないので思い切りディフォルメさせて頂くと、ある共同体(例えば日本とか)を船と見立てた場合、
1.その船から文字通り「降り」て、ボートかなんかで脱出する。この場合ボートや脱出するスキルが必要。
2.1のようなボートやスキルが無い場合など、その船の運営や仕事にはコミットしないが船には乗ったまま。
要は1の場合は降りる人自身に金やスキルが必要で、2の場合は周囲にそれを許す物質的、精神的余裕が必要。2は「居候する自由」と言い換えてもいいかもしれませんね。あ、これがフリーライダーってやつか。1はまあ自力で降りちゃう人はどうしようもないのでどうこういっても始まりませんが、問題は2。なにしろ気づいたら乗ってしまっているわけです。それが乗りたくない船であっても、降りるボートやスキルすらない時どうするか。(→海に飛び込む?)
「居候する自由」。うーむ、苦しいなあ。経済的精神的に余裕の無い今の日本ではなかなか御替わりはしづらいです。結局程度問題になりますよね。三杯目はそっと出し・・か。「降りる」かな。。