「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その1

先日、NHKスペシャル「黒い雨 〜活(い)かされなかった被爆者調査〜」で、これまで明らかにされてこなかった被爆者調査があることが報道され、かなりの話題になりました。
発端は、長崎県保険医協会が厚生労働大臣あてに『「オークリッジレポート原爆黒い雨データに関する速やかな分析と情報公開を求める」要請書』を提出したこと。
原爆によるフォールアウト、いわゆる「黒い雨」の影響に関しては、被害者の証言はあるものの、公式の資料は存在しないというのがこれまでの定説だったようです*1
ところがとあるところから、ABCC(原爆傷害調査委員会)およびオークリッジ国立研究所の内部資料、通称『オークリッジ・レポート』が発見され、学術論文ではないものの、「黒い雨」被害に関する情報が存在することが明らかになりました。
リンク先PDFで英語原文を見ることができます。
http://www.survivalring.org/classics/ExaminationOfA-BombSurvivorsExposedToFalloutRainAndComparisonToSimilarControlPopulations-ORNL-TM-4017.pdf
この『オークリッジ・レポート』は、流出資料ではあるものの、放射線影響研究所も実物であることは認めており、ここから直ちに結論を出すことはできませんが、被害状況に関する情報としてはきわめて重要なものだといえます。
しかしなにぶん流出モノなので、公的な機関が邦訳を公開するのは難しいようです。
で、この重要な資料が英語のために読まれないのはあまりにもMOTTAINAIため、個人で訳して公開することにしました。
ついったで募集したところ、@azu_umiさん @forthmanさん @study2007さんお三方の協力を得ることができました。
みなさまお忙しいところ本当にありがとうございます。
個人が仕事の合間に訳したものですので、ラフなところもあります。また原文自体に妙な文章があったり、訂正の効かないタイプライター時代を感じますが、訳に関してご意見ご指摘あればお気軽にコメントください。
では以下に、3回に分けて『オークリッジ・レポート勝手訳』を公開いたします。
その2(おもな症状など)
その3(対照群との比較とまとめ)

放射性降雨に晒された原爆生存者の調査および類似対照群との比較(オークリッジ・レポート)

ヒロアキ・ヤマダ(a)  T. D. ジョーンズ
1972年12月
オークリッジ国立研究所
ユニオンカーバイド社
米国原子力委員会
本報告書は米国政府機関によって発起された研究のための報告としてまとめられたものである。この文書によって公開される情報、装置、製品及び工程の正確性、完全性そして有効性に関して、米国、米国原子力委員会及びその職員、下請け/孫請け契約者およびその従業員がなんら保証するところではなく、法的責任を負うところではない。また、この文書の使用が私有の権利を侵さないことを示すものではない。

アブストラク
1947年頃から、原爆生存者のうちで放射性降雨を経験しながらも身体上面凸部(頭や肩など)にベータ線熱傷の症状を見せなかった人々は、放射性降下物から深刻な被曝は受けなかったと考えられていた。しかし、原爆傷害調査委員会(ABCC)の生存者調査プログラムにおいて集められたエビデンスは逆を示している。本文書は、容易に入手可能な情報を検証することで、それ以外においては軽微な被曝を受けたのみである集団に対する放射性降下物の影響を、より詳細に調査分析すべきか否かの結論を確立しようとするものである。

背景と目的
広島と長崎のABCCは、1947年に設立された 患者観察及び診察プログラム を通して、潜在的及び遅発性の放射線誘発性作用のほとんどを研究してきた。ABCCは、放射線の遅発性作用の詳細な研究にその使命を限定し、研究努力をこの領域に集中させたため、これら遅発性の放射線誘発性作用(b)に関する研究は徹底しており(1-3)、詳細に報告されている。この限定に関する理由はそれなりに明白であるため、ここでは論じない。 

オークリッジ国立研究所(ORNL)によって確立された、広い基盤を持つ線量計測プログラムと、日本の放射線医学総合研究所(NIRS)による、基盤は限定されるものの独立したプログラムによって、生存者のほとんどにおいて原爆の爆発”当初”に受けた被曝線量(c)を正確に推定するための技法が提供された。
[a] ABCC(日本・広島)より出向中のコンサルタント
[b] 放射線誘発性作用(Radiation-inducible effectsとは、通常より高い発生率を示している作用を指す。
[c] 本報告書における被曝線量は初期放射線の量のみを示す。”黒い”雨による被曝量の数値的評価は試みられていない。

生存者はそのほかにも
a) 爆心地近くの誘導放射能地域に留まること、および/または
b)「黒い」放射性降雨があった、離れた地区の一つにいること
によって被曝した可能性がある。
これまで、これらによる被曝のレベルは極めて低いと考えられてきたため、ほとんどの個人の被曝量においては副次的な因子としか考えられてこなかった。
アラカワ(6)によって算出された、爆心地近くの誘導放射能による被曝量の可能最大値(予測最大値ではない)はそれ自体極めて低いものであったが、それでも誘導放射能から”予測される”被曝量としては、おそらく非現実的に高すぎるものだろう と考えられていた。周辺地域にいた人々が、即座に爆心地に向かって移動を始め、原爆に起因する火災が発生してる間そこに留まったとは考えにくい。そんな中「黒い雨」の問題は巨視的視点においてのみ考慮されてきており、通常では副次的な影響しか持たないものと――あるいは早まって――見なされてきた。

「黒い雨」は 爆心地から 離れた地域のいくつかに不規則的な形のパターンで、主に初期被曝量が極めて低い人々の上に降ったため、これらの人々のほとんどにおいては、放射性降雨が一次的な被曝経路となった。

生存者の中でぱらぱらとした小雨や軽い霧雨以上の降雨を経験した人々の皮膚や衣服からは、微粒子がすばやく除去されたと予測されていたが、この考えを否定するような異常が観察されている。そうではなく、軽い降雨によって付着した微粒子の一部は洗い流されて髪や衣服の中に捉えられ、生存者各個人の被曝線量には大きく貢献した可能性がある。ただし、身体上面凸部(頭や肩など)にベータ線熱傷(d)の症状を見せなかった人々における「黒い雨」による被曝量は極めて低いと考えられてきた。ABCCの医療観察記録のいくつかが提示するエビデンスは、そのような仮定の正確性に対し少なからぬ疑いを投げかけている。
[d] 核分裂生成物の崩壊においては、放射性崩壊の各段においてβ粒子が放出される。核分裂生成物崩壊のおよそ半分においては光子が作られるが、この割合は時間とともに変化する。光子はより強い貫通力を持ち、体内臓器への放射線による”傷害”にはより大きく貢献する。ベータ線熱傷は粗い生物学的線量評価法として用いられる。

「黒い雨」に晒された生存者の分類

ORNLは11,915件の広島生存者及び2,046件の長崎生存者の遮蔽記録(Shielding history)のマイクロフィルムコピーを保持している。初期被曝時(ATE)に爆心地から1,600m以上離れた場所にいて、程度に関わらず放射性降雨を経験した生存者(広島では222件)がこの遮蔽記録群から選別された。可能な限り多数の”黒い”雨生存者[の記録]が望まれた結果、ABCCのコンピューターにあるリストからさらに65件が発見された。長崎に関しては、ABCCのコンピューターリストから82件のみが発見された。マイクロフィルムの記録における生存者は全て雨から厳重な遮蔽構造によって守られてていたため、そちらからは一件も選出されなかった。

放射性降雨の生存者たちに関するデータは、調査の機構を簡素化するためにコード化されてIBMカードにパンチングされた。コード化手順の概要を以下に示す。



[e] それぞれの生存者に関する個別のテープに記録された位置データ
[f]  座標の読み取りには、米国陸軍Army Map Service(ワシントンD.C.)のHiroshima-AMS L902 138449 9-46 1946を使用した。xxxx.xxという座標表記は通常、xx.xxと最初の2桁を省略して表記されるが、本報告書では3桁を省略して、x.xの形式でコード化されている。例えば、「1302.54」は「2.5」としてコード化されている。
[g] 本レポートの複数個所に「情報なし(No information)」の記載がある。これは、条件は適合したが記載が不十分だったことを意味する。

対照群生存者の選択について
広島の放射性降雨の被曝者として選択された生存者の総数が少なかったため(287例)、衣服の種類と量、放射性降雨の強度と微粒子残留量に基づいて、被曝状 況の偏差を統計的に解析することはできなかったが、これらの分類に基づいてまとめた結果を表1、表4、表5に示す。ORNLは広島の生存者75,100 名、長崎の生存者29,400名に関するABCC記録の磁気テープのコピーを所有している。対照群は、これらの磁気テープ記録から、同様の周辺地域にお り、放射性降雨には遭遇しなかったが、同程度の初期被曝を受けた人々が選択された。対照地域は、広島南東部において以下の基準で選択された。
1.座標
4500<横座標<5000
5600<縦座標<6100
2.被曝距離
爆心地から1600m以遠
「黒い雨」生存者および対照群における放射線の作用を、表2、表3、表6、表7、表8、表9にまとめた。


その2(おもな症状など)
その3(対照群との比較とまとめ)

*1:ちなみに広島でのフォールアウトによる最大被曝線量は10−30mGyと評価されているようですhttp://www.rerf.or.jp/general/qa/qa12.html

「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その2

その1(背景と定義)
その3(対照群との比較とまとめ)


[g] 放射線被曝による大症状を一つ以上経験した生存者のほとんどは、小症状も一つ以上経験しているであろうと思われるが、記録からはこのことは導き出せないようだ。この表面上のアーティファクト(人為的な結果またはミス)はいくつかの理由によるものと考えられる。(1)大症状に気を取られ、小症状に気がつかない(2) インタビュアーが、大症状がある場合に小症状を記録しなかった(3)いくつかの小症状は、大症状より反応閾値が高い などである。「黒い雨」生存者群から 236名を大症状と小症状の記載があるものとしてリストアップした[訳注"from the control population of 16045 cases"「16045例の対照母集団から」の記載があるが、明らかに文脈からおかしい]。
[h]この調査は236名の生存者を対象にしている。対照群16045名において、初期被曝量が20radを超える者がいなかったため、「黒い雨」群においても初期被曝20radを超えた者は詳細な検討に含めていない。
[i]発症したが、発症日や発症機関などのデータが不足しているもの。

[j]本報告では相乗効果は無視している。また、放射線性疾患の要因が外部被曝によるものか、あるいは放射性粒子の吸引もしくは飲食物からの経口摂取によるものかの区別は行っていない。被曝者個々人の刺激・興奮レベルが嘔吐や非出血性下痢に影響した可能性はあるが、対照群は「黒い雨」への暴露という要因を除き、他の外傷的形態が同様な被曝者を注意深く抽出した。
[k]小症状とは発熱、嘔吐、出血性及び非出血性の下痢、大症状はその他全ての放射線性異常、例えば、口腔咽頭病変、紫斑(※皮下出血)、脱毛、などである。
[l]16,045人の対照群のうち初期被曝が20radを越えた者は居なかった為、初期被曝20radを越える「黒い雨」被曝者についてはこの表に記載する以上の詳細な解析は行わなかった。





「黒い雨」被曝者に関する内部資料、通称『オークリッジ・レポート』勝手訳その3

その1(背景と定義)
その2(おもな症状など)

まとめ

広島において、初期放射線による被曝レベルが低かったとされる範囲内で「黒い雨」に遭遇した生存者については、287名分の文書記録しか残されていない。一方、対照群についても同様に、爆心地から1,600m以上離れた場所にいた生存者が選ばれたが、彼らは観察可能な放射性降雨が確認された周辺地域にはいなかったとという点で「黒い雨」群の生存者とは条件が異なっている。この対照群を構成する生存者は16.045名で、この中には、初期放射線による被曝量が20rad(1rad=10mGy)を上回る例は含まれていない。そのため、作表および分析の対象となったのは、被曝した初期放射線20rad以下の人のみであり、これを「黒い雨」生存者287名に当てはめると236名が該当する。「黒い雨」生存者群が小規模なため、本報告書のいくつかの表のデータは、微粒子沈着と急性被曝症状とを関連付けるには十分ではない。しかし、通常の予測を上回る放射線誘発性の健康異常を訴えた特定の生存者を対象に放射性降下物の研究を行うにあたっては、有効な情報ソースとなる可能性がある。

本調査の「黒い雨」生存者の人数に限りがあるため、次に示すような、当初の仮説を検証することは非常に困難である:
「わずかな放射性降雨によって最初に沈着した微粒子は、その後に降った雨によって生存者の体からすぐに洗い流された。つまり、放射性降雨は二次的な被曝形態であり、放射線損傷を受けたすべての生存者に対してほとんど影響を及ぼすことはなかったと考えられる」。

「黒い雨」群は規模が小さいため、部分群のサイズを最大化するように、放射線症状を分類することが望ましい。ただし、生存者の中には軽微な症状(小症状)を示すもの、顕著な症状(大症状)を示すもの、その両方を示すものが存在するため、こうした作業はそれほど簡単ではない。筆者としては、非対称な部分群同士のデータを結び付けるのではなく、この調査から読み取れる情報は、表10のようなネガティブアプローチによってこそ、よりわかりやすく提示されるものと考える。この表10では、「黒い雨」群(EP)と対照群(CP)それぞれにおいて、主および/または二次的な初期放射線作用に対して観察可能な反応を示さなかったことが報告されている生存者数が比較されている。

さらに、表2〜表7より、「黒い雨」群と対照群の症状発症率の比率を求めることができるが、その結果を表11に示す。

個別の発症比率の値については信頼性の低いものもあるが、全体的には明確な傾向が現れている。中でも、発熱(EPの13.56%)、下痢(EPの22.04%)、脱毛[m](EPの68.64%)の発症比率10、22,15はかなり正確であると考えられる。
[m]:これらの症状を選択した理由としては、その発症率が非常に高く、「黒い雨」生存者のかなり大きな部分母集団を含んでいたことが挙げられる。
嘔吐や非血性下痢はしばしば興奮やストレスによって誘発されることを考慮したとしても、表11に示す症状の発症率からは、「黒い雨」生存者においては顕著な「見込み」ガンマ線被曝量に比べても、ベータ線被曝量がきわめて高かったことが示唆される、と結論づけられるだろう。

謝辞

Y. Okamoto、J. A. Auxier、J. S. Cheka、G. G. Warner の各氏からいただいた貴重な助力と指針に感謝の意を表します。

参考文献

1. Seymour Jablon and Hiroo Kato, Mortality Among A-Bomb Survivors,1950-1970 TR 10-71.
2. G. W. Beebe, T. Yamamoto, Y. S. Matsumoto, and S. E. Gould, ABCC JNIH Pathology Studies, Hiroshima, Nagasaki Report 2, Oct. 1950-Dec. 1965, ABCC TR 8-67.
3. S. Jablon, S. Fujita, K. Fukushima, T. Ishimaru, and J. A. Auxier, "RBE of Neutrons in Japanese Survivors," Proc. Symposium on Neutrons in Radiobiology, Oak Ridge, 1969, USAEC Conf. 69-1106.
4. Shielding Survey and Radiation Dosimetry Study Plan, Hiroshima-Nagasaki, Edited by Kenneth Noble, ABCC TR 7-67.
5. Roy C. Milton and Takao Shohoji, Tentative 1965 Radiation Dose Estimation for Atomic Bomb Survivors, Hiroshima and Nagasaki, ABCC TR 1-68.
6. E. T. Arakawa, Residual Radiation in Hiroshima and Nagasaki, ABCC TR 2-62.

内部配布先:
1-2. Central Research Library 12. H. H. Hubbell, Jr.
3. Document Reference Section 13-32. T. D. Jones
4-6. Laboratory Records Department 33. G. D. Kerr
7. Laboratory Records, ORNL-RC 34. D. R. Nelson
8. ORNL Patent Office 35. W. S. Snyder
9. J. A. Auxier 36. J. B. Storer
10. J. S. Cheka 37. J. R. Totter
11. F.F. Haywood

外部配布先:
38-66. Atomic Bomb Casualty Commission, U. S. Marine Corps Air Station, FPO Seattle, WA 98764. L. R. Allen H. Yamada (10)
G. W. Beebe Epidemiology
G. B. Darling Internal Medicine
S. Jablon Laboratories
H. Maki Library
I. Moriyama Pathology
I. Nagai Radiology
M. Nakaidzumi Shielding Groups (2)
Y. Okamoto (2) Statistics
67. L. J. Deal, Division of Biomedical and Environmental Research, USAEC, Washington, DC 20545.
68. C. L. Dunham, National Academy of Sciences-National Research Council, 2101 Constitution Avenue, NW, Washington, DC 20418.
69. W. T. Ham, Department of Biophysics, Medical College of Virginia, Box 877, Richmond, VA 23319.
70.J. L. Liverman, DBER, USAEC, Washington, DC 20545.
71. C. C. Lushbaugh, ORAU, Oak Ridge, TN 37830.
72. C. W. Mays, Radiobiology Laboratory, University of Utah, Salt Lake City, UT 84112.
73. K. Z. Morgan, School of Nuclear Engineering, Georgia Institute of Technology, Atlanta, GA 30332.
74. H. H. Rossi, College of Physicians and Surgeons, Columbia University, 630 West 168th Street, New York, NY 10032.
75. Niel Wald, Graduate School of Public Health, University of Pittsburgh, R-510 Scaife Hall, Pittsburgh, PA 15213.
76. Shields Warren, Cancer Research Institute, New England Deaconess Hospital, 185 Pilgrim Road, Boston, MA 02114.
77. C. S. White, The Lovelace Foundation, 4800 Gibson Boulevard, SE, Albuquerque, NM 87115.
78. R. W. Wood, DBER, USAEC, Washington, DC 20545.
79. Lowell Woodbury, University of Utah, Salt Lake City, UT 84112.
80. Research and Technical Support Division, ORO.
81-82. Technical Information Center.