声の力

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アナウンサー志望の1名とナレーター志望の1名が書いていたのは、「声の力」ということであった。
彼女たちは「女子アナ」というきらびやかな職業に憧れているというよりは、むしろ自分の「声」に人々が耳を傾け、それによって人々の意思や判断に変化が生じるという状況に憧れている。

えと、笑うところですよね? あるいはガクガク(((( ;゜Д゜))))ブルブル。
百歩譲って後半の話が本気だったとしましょう。でも「声」によって「人々の意思や判断」を操作することに憧れるってのは恐ろしい話ですよ。伝えたい事があり、それをよりよく伝えるためにプレゼンなりの「技術」があるわけですが、彼女達はそうではなく「人を操ること」自体が望みなのですから。

だから、メディアにかかわる人間の「情報評価能力」はまずもって自分自身の伝えるメッセージの「真偽」と「重要性」と「適所性」について向けられなければならない、私はそう思います。
その評価の努力は「聴き手に対する敬意」によってしか担保されません。
いくら滑舌がよく、博識で、英語ができて、自信たっぷりな人でも、その人が「自分の話を頭から信じ込む」タイプの人であれば、その人のメディア・リテラシーはきわめて低いと断じなければなりません。

いや全くその通りなのですが、これは先生ご自身も注意なさったほうがよろしいかと。内田センセの「滑舌」はあまりに素晴らしいので、内容や論理をすっ飛ばして多くの人を感服させてしまうわけですよ。。