Youtubeで読むジャズ史「東京大学のアルバートアイラー」(その2)

それでは第2部です。今回ちょーっと長くなりそうです。第1部はこちら
ハードバップにおいて非常に完成度の高いフォーマットを作り上げたジャズですが、まさにそれ故に誰がやっても同じような作品ができてしまう、というジレンマに陥りました。
ここで止まっていれば、古き良き伝統音楽として歴史に残るに留まったのかもしれません。
しかし、激動の20世紀という時代、そして若い才能がそれを許さなかったのです。

モード理論の誕生

まず大きく舵を切ったのはマイルス・デイビス(Tp)でした。
マイルスはチャーリー・パーカーの元でビバップを学び、独立後はハードバップの旗手としてすでに大きな成功を収めていました。二日間で録音したといわれる”〜ing”四部作”*1や、「Round About Midnight」ハードバップの名演として現在でもマストアイテムです。
しかし、彼と彼の仲間達は前進をやめませんでした。
ビバップにしろハードバップにしろ、その演奏はとにかく「コード」にきつく縛られています。一小節の中にある一つか二つのコード。「ドミソ」だの「レファラ」だのという音の中から、瞬間的に音を選んでいく。
ランダムに選ぶのならほぼ無限の組み合わせがあるのでしょうが、メロディとして成立するものを考えると、実はそれほど多くはなかったのです。また細かく設定されたコードはリズム面でも制約を大きくしていました。
マイルス・デイビスとその同僚でアレンジャーのギル・エヴァンスは、クラシック音楽民族音楽の研究から一つの方向性を見出しました*2
それが「モード(旋法)」の概念です。
「モード」とは簡単にいうと「音階」です。例えば小学校で習う「ドレミファソラシド」。これは実はイオニアン」という名前の音階です。西洋音楽ではこれを長く基準として用いてきましたが、世界にはもっともっといろいろな「音階」があります。
例えばアラビア音階。
例えば沖縄音階。
例えば和音階。
そういった「音階」を元にメロディを創造し、サウンドを形作ることはできないか。その最初の成果が「KIND OF BLUE」というアルバムにまとめられました。以下はその中の一曲、”SO WHAT”です。

ハードバップに比べても、はるかに洗練された音色。そして演奏の自由度が実現されています。「モード」は「コード」と違い、8小節や16小節、あるいは曲単位での設定が可能なため、演奏者の即興自由度が格段に上がるのです。その代わり、演奏者のセンスがシビアに試されるともいえます。
ここまでが、大体50年代
そしてマイルスのクールなソロのあと、怒涛のようにテナーを吹く男。
彼が後の「聖者」ジョン・コルトレーン(Ts, Ss)です。
マイルスがパーカーによって一気に成長したように、コルトレーンもマイルスバンドで急激な成長を遂げます。
モード奏法をマスターしたコルトレーンはやがて独立し、独自の演奏理論を発展させていきます。

ジョン・コルトレーン・カルテットの超名曲”My Favorite Things"。この頃からマイルスとコルトレーンは二大巨頭として、ジャズを牽引していきます。怒涛のソプラノ・サックス。壮絶にグルーブするリズム隊。凄すぎます。湯気立ってます。
この後コルトレーンインド音楽に傾倒し、その独特の理論も取り入れながら極めてスピリチュアルな演奏体系を構築していきます。彼が最後に目指したのは、ジャズによる「宇宙」の表現・・?

上の動画は60年代、マイルス流モード・ジャズの一つの到達点。ハービー・ハンコック(P)ウェイン・ショーター(Ts)らを従え、「黄金のクインテットと呼ばれていました。曲はハードバップ期に生まれた名曲”Walkin'"ですが、ものすごい疾走感です。クールなのに熱い。コードとモードの理論を併用し、フリーブローイングも交えたジェットコースター的即興演奏。恐ろしい速度で前進するマイルスが伺えます。

フリー・ジャズの登場

マイルスやコルトレーンが「モード」をテコにしてジャズを改革し始めたのとほぼ同時期、別の方法論によって独自のジャズを創り始めたミュージシャン達がいました。
その代表格がオーネット・コールマン(As)を初めとする「フリー・ジャズ」の一派です。

名曲、"ロンリー・ウーマン"。これは比較的最近の演奏ですが、彼のコンセプトは基本的に変わらないので紹介します。ダブル・ベースという変則ユニットです。
「フリージャズ」というと「プギョー」とか「ドシャメシャ」とか「ギャルルル」といったイメージが先行しますが、本来はそういうものではありません。確かに従来のコード/モード/バップといった「形式」からは「解放」されていますが、滅茶苦茶というよりは個人的な美学によるジャズの再構築、というべきでしょう。
フリージャズもう一方の雄、セシル・テイラー(P)の演奏を聴いても

それは分かるかと思います。しかしこのお爺さんも元気だなあ。
そして菊池本の表題になっているアルバート・アイラー(As)。本人の映像は見つかりませんでしたが、音源はありました。かなりサイケな映像がついてます・・。

ジャズの個人化の極北ともいうべきアイラー・ミュージック。アメリカの大地を感じさせる音です。

ポスト・モダン〜現代のジャズ

いわゆる「モダン」といわれるジャズは大体この辺、60年代前半で一段落します。パーカーの登場が40年代前半ですから、「モダン・ジャズ」とは実質20年間のジャズの爆発的変化といえるでしょう。この時代、第二次大戦や公民権運動、科学革命など現実社会の「モダン」も目まぐるしく変化していました。音楽もやはり、それらと深く連動していました。
が、「ジャズ」はまだまだ続く。
まずマイルスです。
和声面での挑戦をやりつくした彼は、次はリズムとサウンドの変革に取り掛かります。

ク〜ッ、たまらん!(byナカヤマヤスキ)
エレクトリックを導入し、ジャズの伝統的なリズムを排し、ロック以上に攻撃的なパルスを取り入れる。個人的には一番好きなマイルスです。プログレッシブ・ロックフュージョン、果てはクラブ・ミュージックにまで広い影響を与えました。
一方、ジャズの歴史を総括し、一種のクラシックとして完成させようという動きも生まれました。
中心人物はウィントン・マルサリス(Tp)

完璧な技巧を持つ彼は、新たなジャズを目指すというより、「黒人文化としてのジャズ」の完成を志向しました。スウィングからバップ、モードまでなんでもこなし、ジャズマンとして初めてピューリツァー賞を受賞しました。
また、ジャズの技法を見渡した上で、黒人以外のルーツからジャズを再発生させる試みも生まれました。

ジョン・ゾーン(As)は自身のユダヤというルーツから、独特のジャズを現代に生み出しています。

またヤン・ガルバレク(Ss)は北欧の民族音楽をルーツとして極めて清澄なジャズ世界を築いています。美しい。
さらに、ジャズから「即興」という要素のみを抽出して演奏活動を展開する「フリー・インプロヴィゼーションという運動もヨーロッパを中心に巻き起こっています。

エヴァン・パーカー(Ts)らによるフリー・インプロヴィゼーションです。クラシックの現代音楽からの影響も強いと考えられています。
最後に、われらがナルヨシ・キクチ(Ss)のジャズを紹介して終わりにしましょう。

菊池ジャズはマイルスの影響下、ゾーンやフリーインプロヴィゼーションの成果をふんだんに取り入れたまさに「ポスト・モダン」な演奏だといえるでしょう。いいなあ、セッションがしたくなってきた。

ジャズは動き続ける

以上のように超駆け足でジャズの歴史を追ってみたわけですが、書き足りないのは本人が一番よく分かっております。この曲、あのミュージシャン、まだまだ面白いところは沢山あるのですが。
ただこれだけの中からでも見えてくることは、ジャズというのはとっても動的な音楽だということです。
過去の遺産を継承しながらも、どんどん新しいことを取り入れる。抽象化するかと思えば個人化し、グローバルかと思えばローカル・ルーツを導入する。
自由とグルーヴが根底にあれば、どんどん面白いジャズが生まれていきます。
モダン・ジャズは終わったのかもしれませんが、ジャズはまだまだ死んでいません。
皆さん、どんどんジャズりましょう!


Youtubeで観るジャズ・ピアノの系譜

*1:Cookin' Relaxin' Workin' Steamin'の四枚。いいっすよ〜。

*2:同時に、作曲家ジョージ・ラッセルらもモード理論を開発しています。