マインド・ハックから脳を守る二冊 〜その2・基礎理論編〜

さて、1を書いたからには、2を書かねばなりません。
第二段はその名も

Mind Hacks ―実験で知る脳と心のシステム

Mind Hacks ―実験で知る脳と心のシステム

そのまんまですな。
ただし、前回を「実践編」にし、こちらを「基礎理論編」としたのは、「影響力〜」がビジネスの例などが豊富で社会生活に密着していたのに対し、「Mind Hacks」はかなりサイエンス寄りだからです。
日常生活のマインドハックについて考えたいなら、「影響力〜」だけでも十分だと思います。
で、「Mind Hacks」ですが、認知〜脳科学の実験や知識を視覚、聴覚、注意、運動、記憶とかなり広い分野に渡って網羅した力作の小事典です。
というか、巷の「脳文化人」らのネタ本ではないか?と思えるくらい。
ただし、「意識」についてはなかなか慎重な姿勢を保っていて、無責任なヨタを脳科学で権威付けするようなことはしていません。飽くまで、「脳の反応のクセ」を解説するに留まります。
では私が面白いと感じたネタをいくつかご紹介しましょう。
1.「人間は普段、脳の10〜30%しか使っていない」というのはデタラメ
まあ基本でしょう。何の根拠もないそうです。ユリ・ゲラーがそういった、くらいですかね。
2.論理的思考は脳にデフォルトでは存在しない
純粋な論理や抽象的な思考はどちらかというと後からインプットされる文化的思考回路なのだとか。確率などの概念も苦手で、直感的には「頻度」で判断を下すそうです。逆に「対人関係の論理」には生得的な部分も多いとのこと。
3.現状維持のバイアス

  • 人は「利益を得る」ことよりも、「損をしない」ことにより強く固執する

人が経済学で言う「合理的経済人」でない所以ですね。「損しますよ!」的マーケティングが有効なのもこのためで、既得権を手放す・手放させるのが難しいのもコレによるのでしょう。前回に出てきた「一貫性トリック」に非常に近いものだといえます。
4.因果関係の認知

  • 連続して起きた事柄に自動的に因果関係を感じる

迷信やニセ科学、あるいはマジックが成立するのもコレによるのかもしれません。逆に言えば、科学というのはこうした直感に逆らってまで、世界の本当の姿を観ようとする試みなのかも。
簡単な実験として挙げられているのは、何か適当な大きさのモノを振り子にして揺らし、同じくらいの大きさのモノをその横に持って同じ周期で揺らしてみる、というもの。私はマウスと携帯でやってみました。あたかも、携帯がマウスを揺らしているように感じる?
5.プライミング効果

  • 近い過去に(何度か)見た、聞いた情報は意識に上らずとも、何かの連想の際に浮かんで来易くなる

例のサブリミナルなんかはこれを大げさに言ったものみたいですね。まあ行動を自在に操られるようなことはないのですが、例えば何を買おうか迷っている時ならば脳裏に浮かび易くなりますし、それを自分の選択だと思えば「一貫性トリック」によって固定されてしまうと言うわけです。
また、関連情報をプライミングしておくことで「見覚えがある」「なんとなく懐かしい」という感覚を呼び起こすこともできるそうです。
広告もそうですが、自分の記憶術にも良さそうですね。ただ注意が必要なのは、あまり短期間に連続で繰り返しすぎると、逆に効果が落ちるとか。同じ刺激に慣れてしまったり、その時点の環境と記憶が強く結びついてしまうからだそう。
6.条件付けの力

  • ある行動により報酬刺激が得られることが繰り返されると、その行動そのものが報酬刺激を生み出すようになる
  • また報酬がなくとも、その行動を取るようになる

毎朝コーヒーを淹れて飲む人には、実は飲まずともコーヒーを淹れるいつもの作業をしただけである程度の効果があるんだとか。
ただし、動物と違い人間にとっての「報酬」というのはなかなか複雑で、そう簡単には使えません。
例えばポジティブ・ワードを唱えることでいい気分になる、コレはある程度本当だとか。しかし嫌な仕事をポジティブ・ワードで乗り切ろうとすると、やがてその言葉と「嫌な仕事」が結びついてしまい、いつの間にかネガティブ・ワードになってしまう可能性すらあるわけです。
7.「顔」の威力

  • 人は「顔」や「表情」を表す図形には自動的に強く反応してしまう

まあコレも常識でしょうけど。。
顔や表情というのはもともとその人の感情や身体的状態をダイレクトに伝える、集団生活において生死を決める極めて重要なシグナルだったわけです。顔ニューロンと呼ばれる神経すらあるといわれており、顔や顔に似たパターンが視界に入るだけで注意を向けてしまいます。
現在ではそのことを既に知ってしまっている以上、マインド・ハックに利用されるのは自明の理。広告にやたら「顔」が多いのもそのためですし、強く好印象を与える「顔」には大金が支払われるのもこのためです。
良い「顔」と商品を結びつけさえすれば、「プライミング」や「条件付け」が自動的に可能となるわけです。
8.脳は使えば使うほどいい・・わけでもない?

  • 楽しんで頭を使えば良い効果をもたらすが、ストレスを感じながらでは逆効果

この本の紹介者となっている池谷さん初め、脳科学者はとにかく「脳は疲れない」「脳を使え」といいますが、それには重要な条件があったのです。
楽しんでいること、少なくともストレスを感じていないこと。
解けようが解けまいが、楽しんでパズルに取り組んでいれば構わないのです。ところが「ボケないためにやらなくちゃ」とか、「クソ、何で解けないんだ」とかいろいろとストレスがかかると、その「ストレスフルな状況」自体が強くインプットされ、作業に対する集中力や記憶力はむしろ低下してしまいます。
しかも、度を越えた精神的ストレスは脳の「海馬」に直接損傷を与えてしまうそうです。
脳への「シバキ主義」もほどほどにしたほうがいいってことでしょうね。


そのほかにも膨大なネタが詰まっておりますので、この方面に関心のある人は是非。

こういう「脳というハード」のクセを調べることで「意識」だの「主観」だのの謎?が分かる気は正直しないのですが、まあ商売には役立ちそうですし、逆に冷静な判断や消費行動にも重要な知見となってくるでしょうね。

「影響力の武器」そして「Mind Hacks」。
これらの二冊が荒れ狂う「マインド・ハック」からの「防壁」となることを祈って。