イジメという統治システム

イジメのインセンティブ
いじめる側のメリットが大きくコストが少ない限り、いじめ発生は不可避だろう
実際には、いじめる側のメリットは小さくコストが大きいのだが、その損得勘定ができないからいじめが起こる
いじめのインセンティブ? そんなのは簡単ですよ。
p_shirokuma氏のエントリにもありますが、根源的には「優越感」。
優越感(あるいは劣等感)はしばしば社会や人生を動かします。時に経済合理性をも上回る、社会的生物である人間にとってバカにできない力です*1
ただもう少し言えば、日本の場合
「多数派の優越感」を得られるから
という面が強いでしょう。
これは必ずしもボス集団に入っている必要はなく、「いじめられる少数の中にいなければ」得られるものです。つまり、手を下さない傍観者にもインセンティブがある。
優越感とは、自分が相対的に「強い」という感覚。
烈海王いわく「強さとは我儘を押し通す力」なわけですが、最近の国会を見ればまさしく「多数こそ強さ」。やらせをしようが、立法根拠がなかろうが関係ありません*2
別にボスにならなくとも、日本では多数に属することは強いということであり、その感覚を得るために「いじめられる少数者」をむしろ必要とする社会・政治構造になっているのです。したがって誰でもが「いじめる」「いじめられる」可能性を持ち、上から下まで満遍なく存在する。
その意味で、「現在の教育たたき〜新教育基本法成立」も間違いなく「いじめ」の構造でしょう。
教育現場の「いじめ」を利用して教育界を「いじめ」、その構造を利用し「多数の力をもって我儘を押し通す」=「いじめ」。
どこを切っても相似形です。フラクタル
これでは糸色望先生でなくても「絶望した!今後の人生に絶望した!」といいたくなりますわな。
なにより恐ろしいのは、いじめについて喧々諤々すること自体が既にこういった「イジメ統治機構」に組み込まれていることです。
いじめは個人が非常に語りやすいテーマであり、語ることが無意味だとは思いませんが、この場合政府がスグに取れる方策がいくらでもあったわけです。機関の設置、ガイドラインの作成、人員の配置などなど*3 *4
にもかかわらず「いじめを肴に」世間の関心をあさってに動員し、結局新教育基本法が成立するまで実践的に動く気配もない。文部科学大臣の夢見がちな発言で夢見がちな議論を煽っただけ。
くだらないおっさんのロマンを成就せんがため、子供の命や人生をダシに使ってるわけです。そうやってでっち上げた「教育基本法」などというのは実に国を賭けた壮大なる冗談ですが、残念ながら笑えませんな。
結局この多数派の優越感を利用した「イジメ統治機構」は政府にとってはうまい分割統治システムであるわけで、矛先を次々変えることでそれぞれの「少数者」達にお互いを見下しあわせることができます。公務員、医者、教師、ニート、etc、 etc*5
こうしてkmiuraさんがおっしゃるところの上意下達システムが強化されていく、ということなのでしょう。
日本はこれからいやおう無く小国化するわけですが、せめて「光る」小国にするには多様性と集団知を活かした文化国にするしかないと思います。
しかし安倍さんはどうやらのっぺりしたつまらない小国がお好きなようで、私としては実に残念な話ですな。